娘とマイオットーが旅立った後もモヤモヤしているのが、マイオットーが「余命宣告」を希望していたのに受けなかったこと。

 

私と娘だけが「8月下旬か9月上旬くらいまでなので、会いたい人に会わせてあげて、行きたいところに行かせてあげて、食べたい物を食べさせてあげてください」と主治医に7月26日に言われて茫然としたのですが、本人には医師から何も伝達なく。

 

すごいショックでしたが、マイオットーもこのブログを読んでいたので、皆さんに余命宣告を受けた辛い思いはお伝えできずにいました。

 

マイオットー本人は「余命宣告」希望に〇を付けていたのだし(確か昨年の10月22日くらいのブログにこのことを書いたのでは)、もしマイオットーが「余命宣告」を受けていたら、どうだっただろう?

 

と、もう終わったことなのに、思ってしまいます。

 

キチンとしたマイオットーなので、書類を整理して、旅立つ用意をしっかりしたのではないかと思います。

 

でもその一方、医師に今後受けたいいろいろな代替療法について聞いていたり、「体調が良くなった」時にしたいことを意識がなくなる前まで話していたし、「体調を良くする!」という強い意思を持てたのは、「余命宣告」を受けなかったからか!?

 

 

私だったら...

 

やはり余命宣告を受けて、一気に断捨離をして、整理をして、「絶対、余命宣告日よりもっと生きてみせる!」となるのではないかなと想像しています。

 

でも体力的に弱っていたら、もっと弱って、何もする気も起らず、寝ているだけになるかも!?

 

 

たられば

 

わかりません。

 

終わったことなので、どうしようもないですが、マイオットーは予想より早いending で、戸惑ったのではないかと思います。それだけが、かわいそうだったなと悔やまれます。

 

結果的に、医師が伝えてくださった余命宣告の日よりも早い旅立ちとなりましたが,,,。

 

魂レベルでは、ending は、わかっていて、自ら望んだこと。

これ以上痛みで苦しまないことを自らの魂が選んだこと。

 

と、解釈することによって、どうにか自らを納得させようとしています。

 

優しいマイオットーなので、これ以上、私や家族を苦しませないように思ってくれたのではないかとは思いますが。

 

「余命宣告」の対応は難しいですね。