どんなことも無駄ではない
ビジネスの師匠、投資の師匠
二人から言われたこの言葉、今ならよく分かります。
一見ムダに見えることも、
失敗してしまったことも、
物事には決して無駄はない、ということです。
私も生まれて40年間、それなりに修羅場は経験してきました。
ビジネスにおいては、
収益につながらない作業を何か月も繰り返して、数か月後それに気付いて愕然としたり、
数年かけてやっとの思いで収益化できたものが、一瞬で吹っ飛んで0になったり、
投資においては、
資産性のないものに何百万も突っ込んで一瞬で失ったり、
詐欺投資に遭い一千万単位で資産をあっという間に失ったり、
などなど
「やってきたこと、この行動、この時間ってムダだったのかな…」と思えるようなことも多々あります。
でも、それら全てひっくるめて、何一つムダでは無いんですね。
なぜなら、それらの「一見ムダなこと」があったからこそ、その後の結果につながり、今の自分があるからです。
ビジネスでも投資でも、数えきれないほどの「一見無駄な行動・時間・お金」を使ってきましたが、その経験があったからこそ
今の結果につながる道筋を見つけることができました。
ビジネスも投資も、
勉強もスポーツも一緒だと思います。
一見ムダに見えることの繰り返し、積み重ねが
結果というゴールへ向かうために欠かせないもの
だと思います。
もちろん、一切の遠回りをすることなく、無駄と思える行動を一切排除し、たった一度の取り組みで、望んだ結果を手にできたらいいですけどね。
そんなことができる人はいないでしょう。
実際のところ、凡才も天才も
結果を出している人はすべからく、一見ムダに見える行動を積み重ねています。
私のような凡人は特に、
何度も何度も失敗を繰り返して、試行回数を重ねて、正しい道筋を探り、ゴールへと向かうしかありません。
そういった手順、
ムダなこと無くして結果は出せないんですね。
だから、
どんな物事もムダではない。
一見、結果につながっていないように感じる取り組みや失敗も、必ず将来の結果につながっています。
どんなものにも遠回りは無いんですね。
例え、半年とか一年ぼーっと過ごしてしまっても、その時間さえもムダではありません。
長い人生、その後ジャンプをするために屈んでいるだけなんです。
でも、屈んだらちゃんと飛ばないと本当にムダになってしまいます。
ずーっと屈んだままだと、いずれ足が痺れてジャンプどころから立つことさえ出来なくなってしまいますから。
なお、
結果につながったら、
自分が思い描く成功ができたなら、
それまでの行動や時間はすべてムダでは無かったと考えやすいです。
でも、もし結果につながらなかったら、、
それでも、やはり無駄な物事なんて一切無いと思います。
努力すれば、必ず結果が出るわけではありません。
世の中、そんなに甘くはないですよね。
そんなことは、言われなくても誰もが嫌というほど分かっていると思います。
だから、自分が納得するまで取り組むしかないんですね。
そして、それでも結果が出ないのなら仕方がありません。
終末期の患者さんに
人生で後悔していることを聞いたとき、
「やらなかったこと」を後悔している方が圧倒的に多いそうです。
逆に、「やったこと」に対して後悔するケースは少ないそう。
たった一度の人生、後悔だけはしないように過ごしたいですね。
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