インスタのリール動画で流れてきました。

思わず、見入ってしまいました。
うちもこうなるのかなぁ…
~ここから~
【いつの間にか、手を離れていた育児9選】
①早くひとりで着替えて!と思っていた朝
→今はドア越しに「見ないで」と言われる
②ひとりでトイレに行ってと願っていた日々
→今は「ママ来て!」をもう聞けない
③「食べさせて」にうんざりしていた食卓
→今は、ひとりで食べる食卓がさみしい
④「見て~」を聞き流していた日々
→今は見せてもらえないことが増えた
⑤「ママがいい!」に振り回されていた毎日
→今は「来ないで」が胸に刺さる
⑥抱っこが当たり前だった帰り道
→今はあのぬくもりが懐かしい
⑦一緒に寝ることが当たり前だった夜
→今はひとりで向かう寝室
⑧早く寝てほしいと願っていた夜
→今は隣に来ない静けさがさみしい
⑨早く終わってほしかった夜泣き
→今はその声を思い出し寂しさが込み上げる
大事に思えるこの毎日に、
数えきれない「愛しい」が散りばめられて
いることをどうか忘れないで。
~ここまで~
①~⑨どれも、前半は共感できました。
ただ、うちの娘はまだ2歳なので、後者はいずれもまだできていません。
でも、「前は抱っこさせてくれたのに」「前は一緒に寝てたのに」というのは容易に想像できます。
まだ起こってもいないのに、想像しただけでうるっときました(笑)
実際には、もう少し大きくなったら、後半も分かるようになるのかな?と想像しています。
でも、⑨だけはどうなんだろう。
未だに少し夜泣きしますが、「勘弁してよ…」と思うことも多いです。
夜泣きを懐かしんで、寂しくなることなんてあるのかな?
今は本当に本当に、少しでも早くなくなってほしい…と思っています。
こういうのって、なんていう現象なんでしょうね。
「そのときは煩わしくて、ネガティブな感情ばかりだったのに」
「いざ、その煩わしさから解放されたら、寂しさが出てくる」
みたいな。
チャットGPTに聞いたら、
「それは、喪失による再評価です」
と言われました。
なるほど、哲学的だな…
人は、存在している最中は「負担」に意識が向きやすいのに、失った後は「価値」の方を強く感じやすいそうです。
だから、
育児
学生時代
部活
恋愛
仕事
親との時間
みたいな「その最中は大変だったもの、イヤだったもの」ほど、終わった後に妙に恋しくなったりするみたいですね。
あと心理的には、
“不快”そのものが嫌だったわけではなく、そこに含まれていた「つながり」や「意味」が失われるのが寂しいと感じるそうです。
「でも、それが起きているのは今だから、今イライラするんだよ!」
と思わなくもないですが^^;
このリール動画のことを頭の片隅に入れておいて
娘と過ごす時間、ネガティブなことでも、少しでも愛おしく感じられるようになれたらいいなと思います。
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