やりたかったことを先取りしている、と考えよう | 夢追い人の自分語り

夢追い人の自分語り

いつもやりたいことを見つけては、ふわふわと追いかけています。
やりたいことがなかった時期もあるので、やりたいことがある今、追いかけることのできる今、進むしかない!と思ってます。

今は、オーストラリアでのワーキングホリデーに向かって進んでいます。

すべきことはあるのだけど、やりたくないので、暇です。

何もする気になれないけど、何をして過ごせばいいのかわからない状態。


とりあえずは、

ゆとりのある生活をするようになったらやりたいなぁと思っていたこと、

オーストラリアに行ったら時間があるだろうから、できたらいいなと思っていたことを、

今のうちにやってみようと思って、してみてます。


料理をすること。

本を読むこと。

映画を見ること。

周辺を散策すること。


料理は、お米を鍋で炊いてみたり、とか(笑)

一回目は固くて、二回目は柔らかかった。

練習して、鍋で炊けるようになったら、オーストラリアでも作れると思って。

電子レンジでお米が炊けるというクッキングツールを買おうかどうか迷っていたのだけど、

鍋を傷めないようにお米を炊けるスキルを身につければ、万事OK。


あと、図書館で英語と日本語で書いた和風料理の本を見つけたので、

英語の勉強がてら読みながら、作ってみたい料理を探してます。

豚の角煮、ずっと作ってみたかったんだけど、ようやく作り方がわかったので、

そのうち豚肉を買ってこようと思ってます。


英語で書いたレシピを見て、料理を作るってのも、ずっとやってみたかった。

以前オーストラリアに行ったときに料理雑誌を買ったのだけど、

買っただけで満足して読んでいない。

読もうとしても読めないだろうし、食べたこともない料理だし。

だけどワーキングホリデーに行ったら、ちゃんとレシピを読んで頑張ってみようと思っていた。

食べることも作ることも好きだから、料理の本を読むことは、

自分のしたい会話の助けになると思っていた。

だから、今はそれを先取りしてやっていると思おう。


不安なんです。

様々なことを要求される中を必死で突っ走ってきたのに、それを放り出している状態が。

今までは休みの時間ですら仕事のために使ってきた。


料理をしたり、本を読んだり、洋画を見たり、散歩をしたり、

オーストラリアに行ったらやろうと思っていたことは、日本では時間がないからできないこと。

私は、オーストラリアに行っている間は、たとえ仕事が見つからなくても、

こういうことをして過ごせれば満足だし、とっても意味のあることだと思っていた。

だって生活するだけで大変なんだから、って。

それを日本でしていると、何もしていないみたいで罪作りに感じるのはなぜだろう。

オーストラリアに行っても同じことを感じるのだろうか。

(実際何もしていないし、働かざる者食うべからず、なのかもしれないが、休みは必要だ、とも思う)


たとえ実のないことをしていても、仕事という名目の雑事に追われていれば、

自分自身の生活や健康がおろそかでも許されるかのような感覚は何なのだろう。


いつでも、自分を肯定できる人でありたいと思う。

だから、思い描いていた予定とは違うけれども、やりたかったことをして、

できるようになりたいことに向かっている今は、何も問題ないのだ。

鍋で米を炊き、豚の角煮を作り、なおかつそれを英語で説明できるようになったとしたら、

1歩どころか、10歩くらいの進歩ではないか。

帰国までにできるようになればいいと夢見ていたことを、出発前に準備できるなんて。

・・・・・・。説明はできないとしても、作れるようにはなりたいな。。。