アダルトチルドレン


とか


HSP


とか


カサンドラ症候群


とか。



そもそもそんなこと知らなかった頃は

ふつーに生きてきたし

ふつーに友達もいて、

ふつーに近所付き合いもできて

ふつーにママ友もとうまくやってきた。


いつからか、、

歯車の滑りが悪くなった気がした

娘の障害と戦い、

人間関係も、障害をもった子の母親と関わってきて世界観が変わった。

子の障害を受け入れ、社会に順応するよう親は必死。

当時、子どもたちは『精神薄弱児』と呼ばれた30年ほど前。

障害自体を受け入れてない親とも関わり、何が良くて何がダメなのか。

障害を持つとふつーの子のようになぜふつーの小学校に通えないのか、、


いつも戦ってきた。


そして離婚して

新しい家族ができて

私も仕事を始めて、、


その時に


あの人は子どもが重度の障害者であの人自身も変わり者だから気をつけた方がいいからね。


と、ご親切に教えてくれた人がいた。


この職場の人たちは私にも障害児がいることは知らない


そうか、、

そういうふうに思われるんだ、、


不害だった。


真面目に仕事をこなせば叩かれる

手を抜こうものなら集中攻撃された。

自分らしく仕事ができなかった。

貴方は悪くない

でもいつも何かが起こると貴方はそこにいる。都合がいいのよ、貴方のせいにすると。

貴方は文句言わないし、冷静だから、貴方のせいにしちゃうのよ。

もっと主張した方がいいよ


どこの職場でもそう言われてきた。

でも、、

悪くない私に怒りをぶつける人間に私は興味がなくて、そんな人たちと関わるなら言いたいこと言わせてはいそうですか、、って終わらせたい。

私はこんなおバカな人間とは戦わない


いつもそう思っていたから。


病んだ

かなり病んだ


それからネットでいろんな情報を入れてきた


あーした方がいい

こーしたほうがいい

全部真逆でプラスの方向に!


確かに間違ってない

そう考えれば楽なんだけど、、


その考え方にすればするほど自分の道が絡み合ってしまってどんどん解けなくなって

辛くなる。

自分を苦しめた


不器用だと思う


私は私のままでいい

素で生きていい

正しいとか間違ってるとか、、

人から言われることではなく自分で決めていい


人を殺めない限り

自分の判断でいいじゃないか


人に迷惑かけたらごめんなさいでいいじゃないか

ごめんなさいしたら軌道修正すればいい


ありがとうを増やそう

ありがとうが増えたら笑顔になる。

ありがとうは笑顔

笑顔のないありがとうなんて、、無い!


すいませんじゃなくてありがとう


それが

私の


素!


ありがたいお言葉、、たくさん聞いて、読んで、

共感できたこと、これは違うかな?って感じたこと!

だから、、


後は自分で決めていい


私は


素でいたい

ありのままの自分で

喜怒哀楽を封印しない


笑顔

時々反発

心から痛みを感じて

楽しく生きる


大丈夫

根拠はないけど大丈夫

こんな私を好いてくれる人は必ずいるから。