先月亡くなった叔父のおしまいのお手伝いをしてて、、、

壁にぶつかる。


私はなぜお手伝いをしているのか?
頼まれたわけでもない

ただ、、
わたしはそこにいた

それだけだった。

子供がいない叔父夫婦に私は生後まもないときから可愛がられ、我が子のように接してくれた叔父。

その叔父が亡くなり
残された叔母。

私はなんとなくそこにいた。

連絡があってすぐ家を飛び出したのは私。

他には誰もいなかった。

なんとなく必然なのか、、
叔母を支えていた。

損得なんて考えていない

従兄弟たちは私が支えていることが不満のようだった。
だったら支えれば?と言いたいが馬鹿馬鹿しいので文句のある人とは関わらないようにした

私は相続されるものは一切なく、その分余計なことは考えずただ叔母を支えたいその気持ちだけでお手伝いをしてる

役所や金融機関、光熱費の名義変更や書類の提出、
色々とやることがある。
86の叔母がとても1人でできるわけがない。

昨日は行政書士に依頼するため会社を訪問。
話を聞いて、、とてもじゃないけど相続の手続きを全て素人がやれるわけがないと確信した。

依頼することは叔母も理解してくれていたのでお金はかかるが凍結したまま銀行に預金を置いておくわけにもいかないので手続きを始めることにした。

叔母に報告の電話をする。

大変なのね。
色々と。
ありがとうございます!

と、丁寧に詫びてくれる。



相続するために亡くなった叔父の兄弟に連絡するのも私。既に亡くなってる兄弟に対しては、私の従兄弟にあたる数名にも連絡しなくてはならない。
一番厄介なところ。
葬儀でも一悶着あった。
別に感謝してほしいわけではない。
労いの言葉もなく、香典は送るとか、送らないとか、こっちの親戚の人数が少なくて惨めだと文句をいい、何が不満なのか、ケチをつける従兄弟たち。

そんな奴らに私は、相続するのでと連絡をしなくてはならない。

本来なら私に関係ない。コト。

せっせと働きアリの如く動く私に反してキリギリスのような怠け者の従兄弟たち。何もしないなら、、その口を慎め!

馬鹿馬鹿しいと思うが、それも叔母のためと気持ちを入れ替える。
ただ、、、
それでも、、、

私は本当に叔母のためにしているのか?
たまたま都合の良い私という存在があったからなのか、、、

なぜ私なんだろうと。

交通費をかけ、行政書士の事務所に菓子折りを持って行き、、緊張マックスで話を聞き、多少のストレスを抱えて、
叔母のうちに行けばまた手ぶらで行くわけもなく、何か食べ物を持って行き、
何度も出向く叔母住む役所に行き、
叔母の地域の包括支援センターにも連絡をして、、、


学びだと。

私は今学んでいるのだ。
きっと先に、今学んだことが活かされると信じて、、、


大丈夫。
なるようになる。

誰かがちゃんと見てくれてるから。

文句のあるやつなんか、、気にするな。
私は、、
今出来ることをしている。

それでいい