育ての親でした。
子どもがいなかった叔父夫婦はいつも私を可愛がってくれました。
叔父は、、
93歳で逝きました。
昨夜、施設で息を引き取りました。
22日に94歳を迎えるはずだったのに。
今は逝っちゃだめだよ!
コロナが落ち着いたらみんなでご飯を食べに行こう
みんなで旅行に行こう!
そう思って、、
いつも高齢の叔父を心配してました。
が、、
旅立ちの日が来てしまった。
今日は雨降りで1日パジャマでいよう。
サツマイモのデザート作ろう
今日はのんびり何もしない日
朝9時、ソファで寝ていた私を起こしたのは母親からの電話でした📲
亡くなったよ。直葬だって!って!
慌てて叔母に電話すると11寺半からだから、、
そのあとは何が何だか、、
喪服に着替え、ワクチン2日目の長女は39度の熱で動けない、
末っ子にとにかく制服に着替えて!と、少し乱暴だった。
30分で支度して、、葬儀場へ。
叔母は私服、、
あれ?
そう、、
直葬ではなく、
とりあえず葬儀社と打ち合わせ!だった。
叔母と私と末っ子以外誰もいなくて、、
叔母は私がいてくれてよかったと。
書類は私が全部代筆して、金額も事細かく、お寺さんにも連絡して、、、
気がついたら、、私がなんかちゃんと参加してる。
いいの?私のここにいていいの?って何度も確認する。
いいんだって、いてくれなかったら私1人でこんなこと聞いてられないし、書くこともできなかったから!って。
そう言ってくれるなら、私でお役に立てるなら!
と。
叔母は気丈にしている。
3時間以上かかって見積もりがようやく完成して、、高齢の叔母に葬儀社の思い通りにはさせないと心がけて!
神経尖らせてたら疲れた!
叔父は霊安室に横たわっていて、、
あまりご飯を食べられなかったと言う割には特に痩せ細ってもいなくて、、
薄目を開けて今にも瞬きしそうで、、
でも顔も身体も冷たくて、、
遅くなったね、ごめん、会えなくて。
寂しかったでしょ?
おばさんのことは私に任せて。
おじさんは、いつも88歳で亡くなった実の父親、私のおじいちゃんのことをはなすとき、88歳が目標と言っていた。
叔父はとうに自分の父親の歳を超えた。
認知はあったけど陽気なところは変わっていなかった。
ありがとう。
ねぇ、きいてる?私ありがとうって言ってるんだよ?返事してよ、恥ずかしいじゃん!
そんなこと喋って、叔父の顔に手を当てて自然と温めようとしてた私。
9時半に家をでて、、18時半に帰って、、、
そのあとあらゆる親戚に電話して。
葬儀後はもっと忙しい。と思われる!
来週は仕事休んでいろんな手続き手伝うつもり。
叔母とお昼ご飯を食べながら、、
年末は寂しくなっちゃうから一緒に過ごそうね。
と声をかけた。
叔母にお昼何食べると聞いた時、
揚げ物が食べたいと。
カツ?天ぷら?と聞いたら肉がいいと。
とんかつ食べながら、、
差し支えのない話をした。
差し支えないと言いつつ現実の話も加えてなるべくぼっちにることの不安を膨らまさないように。
もしできるなら
家を売ってそのお金を家賃にして、安い小さいアパートで私のうちのそばに来れないかな?
同居とは言わない。
おばさんの自由を奪うつもりはない。
自由でいい。
でも一人ぼっちはダメ
そばに誰かいる環境。
私がそばにいたらだめかな?
そんな話、、サラッとして
23日の葬儀まで会わなくても大丈夫なように。
そして葬儀が終わったあと孤独で閉じこもらないように。
私に何ができるだろう?
私は余計なことをしていないか?
私は叔母の尊厳をつぶしてないだろうか?
私はやりすぎてないだろうか?
そんなことを考えながら、、、
23日の葬儀の準備をする。
叔父は、、、
結局何も言わずに逝ってしまった!