親族の葬儀があるたびに色々と考えてしまうもんです。
生きると言う事
死ぬと言う事
残して逝くと言う事
私の父と母は同い年、令和2年で80歳になる
二人でなんとか生活しているので元気ということでしょうか
父はアルコール依存症
小さい時から子どもながらに苦しんできました。
弟2人は私と真逆で親の喧嘩は干渉せず放っておけばいいって。
の、割にはすぐ下の弟は親から遠のくようにバンコクで生活している
末っ子の弟は独身なので親の近くで何かあれば飛んでいけるよう良い距離感で生活している。
私も20で家を出た。
アダルトチルドレン
子育ての放棄
愛された記憶がない
なのに母親は愛情もつて育てたと言う
子供がしてほしいことと、親がしたいことと交わることなく今に至る。
お金さえ渡しておけばいいと。
親は高給取りでないはずなのに親戚からお金を借りで私たちは学校に通い、小遣いを渡す。
借金をしていたことを知ったのは私が25すぎてからだろうか、お金を貸していた叔母からの告白
母親の素行も叔母から聞かされる。
親戚が密なのも嫌だった。
何かあれば
あんたの親は、、、って始まる。
お父さんは飲んべで荒れる人だからあんたがしっかり家族を守ってお母さんを支えるのよって親戚から言われた幼稚園時代。
今は父はお酒欲しさに散歩に行きお金を持たせてないのに酔っ払って帰ってくる。
万引きで2回ほど警察のお世話になっている。
精神科に通うも、改善する事はない。
母は怒りの塊だ。
父に対して罵倒する。
そんな親の姿をみてきて53年。
ずっと嫌い
それでも見捨てられないのは
親子の縁というか
強制されたものではなく、自分の心の中にある
カッコよくいえば
愛情
があるんだろうな。
HSPの私はこんな環境のせい。
でも、親を責める事はない
この親にして私は生まれたのだから。
これは運命。
責めたところでなにも変わらない
反面教師として学んできた結果、HSPの症状が強くなった
それも運命。
だれのせいではなく自分の人生。
親が死ねば、死んだからといって改善されるわけもないし何かが変わるわけでもない
こんな親が、こんな親だからこそ、馬鹿みたいに可愛いと愛おしくなるこの感情ってなんだろう
親が死んだら、やっぱり私は泣くんだろうか
泣けるのだろうか
その時が来ないとわからない