先日、娘とオープンハイスクールに


行ってきました。




一校目だったその日は私の出身高校。


前を車で通りかかることはあっても、


中に入るのは、卒業して以来はじめての


ことです。




懐かしくて、楽しみな気持ちもありました。





でも、実は


残り半分はなんだか分からないけど


ザワザワする気持ちでした。




私にとって中学時代は


手放しで楽しい時でした。


いつも仲のいい友達たちに囲まれて、


今思うと安心して自分らしく過ごしていた


時期だったんだと思います。





一方で、高校時代は


なんだか馴染めないな、と感じる


ことが多かった。




いわゆる「陽キャ」の人たちの中に


入るとどう振舞っていいのかが


分からなくなる私がいたんです。




無理してまわりに合わせようとしてみたり、


居心地が悪いと思いながらも、


そうするしかないと、そこにいることを選ぶ。




そんなことが増えてくると、


自分の気持ちは置き去りで


意識は外にばかり向きます。




今思うと、その頃の私は


そうやって「私らしさ」を見失って


いったのだと思います。




高3の時、


一緒にいたグループの子たちから


あからさまに避けられることが


ありました。




昼休みのチャイムが鳴ると、


私以外の3人は目を合わせるように


立ち上がり、そのまま私を残して


食堂に行ってしまったんです。



「あれ?」と思った時には、


もう誰も振り返りもしませんでした。




しがみついていた居場所がなくなった


絶望感がずーんと身体の中に響きました。




でも、私はそのグループにいても


ずっと孤独だった。


ずっと前から分かっていたけど、


気づかないように、自分を騙していた


感覚でした。




いつもの私なら、


愛想笑いしながら追いかけていた


と思うのですが、


「もう、いいや。」と思いました。





そして、別のグループの子に


「置いていかれちゃったから、


 一緒に食べてもいい?」


と声をかけると、


「あの子たちきついもんなあ。」


と優しく受け入れてもらえました。




余談ですがこの言葉は私の人生の中でも


5本の指に入るくらいの暖かさとして


今も心に残っています。


 



その後は、その子たちと仲良くなり


恋バナをしたり、

(どうにも自信が持てなかった私は

 片想い専門でした笑)


励まし合って勉強して


受験も一緒に乗り越えたりと、


たくさん笑って、


時には泣きながら話を聞いてもらったりと


自分らしく過ごすことができました。




受験が終わってから


卒業旅行に行ったのも楽しかったな。





改めて、この出来事を振り返ると


持っていたイメージが


がらっと変わりました。




除け者にされたというマイナスの経験


だと思っていたのは、


自分の居場所を自分で決め直した、


というプラスの経験だったのです。




寧ろそれがなければ、


私らしさを封印したまま


居心地の悪いグループで過ごすことに


なったと思うのです。




自分の居場所は自分で決められるし、


変えたかったら変えてもいい。




そんな風に、


今当たり前に思えるのは


当時のこの気づきがあったからこそ


だと思うのです。





実は、今回校舎に入った時に


居心地の悪い感覚が蘇ってきました。




模擬授業のあった教室は、


陽が差し込む明るい部屋でしたが


あの頃の孤独感や淋しさをまとった


空気を感じる瞬間が何度かありました。






場所に戻ると


記憶の中に残っている


体感が呼び起こされることが


あるんですよね。




今だからこそ、


この場所を訪れる


タイミングだったのかもしれません。




未消化な感情があるのを感じるので


もうちょっと自分の心と向き合って


みようと思います。




あの頃の私は


居場所は失うものだと思っていました。



でも、


居場所は自分で選んでいけるもの。




娘と母校を歩きながら


あの日の私に会えたような気がしました。




今日も最後までお読みくださり


ありがとうございましたにっこり