修学旅行を楽しみにしている中3の娘。
仲良しの友達4人で
色違いのリュックを持って行くことを
決めてきました。
某北欧ブランドのものになったのですが、
定価で買うと1万円を超えます。
どうするのかな〜と見守っていたら
「高いからメルカリで買う!」
と決めてきました。
本物ではない可能性もあると伝えましたが、
そんなことは気にはならないよう(笑)
メルカリを使ったことのあった娘は
友達の分まで代理で購入する約束を
してきたんです。
楽しそうに選んでいたのも束の間。
人気があるようで、
見つけてもすぐ売れてしまうものも
多く、
「どうしよう?どうしたらいい?」
と、困って私に聞いてきたり
段々と焦りが見えるように
なってきました。
友達からのLINEの返事が中々来なかったり
もしてね。
みんな都合があるからそんなことも
当然あるのですが、
いっぱいいっぱいになっている娘に
余裕がなくなってきているのが
目に見えて分かりました。
そして、そんな私もザワザワしてきた
のです。
もっと早く準備すればよかったのに。
そんなに慣れてないのに友達の分まで
請け負わなければいいのに。
見つけるところまでは友達にしてもらえば
いいのに。
困っている娘を見て
色んな「こうすればいいのに」が
私の頭の中に湧き上がっていることに
気づきました。
でも、この「困る」という経験は
娘のものなんですよね。
そう気づいて、一歩引いて
見ていることにしました。
(今できることと、できないことを
問いかけて娘が焦る気持ちを
整理するお手伝いはしましたけどね)
なんとか落ち着きを取り戻した
娘でしたが、その後も次々と問題が
起きます。
友達のものとセットで購入したものが
発送の準備をしていたら壊れてしまった
と連絡が来たり、
やっと買えたと思ったら
突然お相手から
キャンセルされてしまったり。
極めつけには届いたリュックが
注文の色とは別のものだったり。
その度に娘は
「どうしたらいいの〜。もう嫌や〜。
助けて!」
と取り乱し、時には私に怒りを向けて
くることも。
正直私ももう嫌だ〜って思いました。
でもね、これだけ続くっていうのは
お知らせだなぁとも思ったんです。
それは、
娘の感情に責任を持とうとしなくても
いいんだということです。
私がもう嫌だ〜!と思ったのは
困っている娘をどうにかしないと
いけないと思っているからなんですね。
どうにかしないといけないのに
どうにもできない。
その無力感が辛いのです。
でもね、そもそも親子であっても
人の感情って他人がどうにかできるもの
ではないのです。
もう一つ別の感情もありました。
「色が違うくらいいいじゃない
それぐらい我慢すればいいのに。」
そんな気持ちです。
間違って届いたリュックは友達と
同じ色だったんです。
それでは色違いが叶わないので、
娘にしたら「絶対無理」な話なのです
けどね。
そうやって湧いてくる私の思いは
色んなことを我慢して妥協してきた
幼い私の未消化な感情が作り出して
いるものなんですよね。
目の前にいる娘とは
実は何も関係のない
私自身の向き合うポイントなのです。
娘はひとしきり怒って、泣いて、
悲しさや悔しさを感じていました。
気持ちが整理できて、
夕食を作っていた私のところに
やってきた娘。
少し清々しい顔で、さっきまでとは
打って変わった落ち着いた口調で
「高くなってしまって申し訳ないけど
楽天だったら間に合いそうだから
これ買って」
って言いました。
倍の値段に躊躇いながらも
仕方ないなと思った私。
100%のニコニコでいいよとは
言えなかったけど、
それも今の私なんだと思います。
娘は
「今度からはもっと余裕を持って準備
します!それを学べた。」
と言っていました。
親が言わなくとも、
子供は自分の体験からちゃんと学べるし
気づけるのですよね。
私たち親子にこんな経験と気づきを
くれた分と思うと、高くなった値段も
妥当に思えてきました。
そもそも、安いものには安い理由があるし
色々怪しすぎたなぁというのも
改めて感じましたしね。
今日には手元に届きそうなことを
伝えると、娘はキラキラの笑顔で
喜んでました。
修学旅行3日前のギリギリ感が
私たちらしいとも思います。
今日も最後までお読みくださり
ありがとうございました![]()

