昨日の夜、
歯を磨きながらふと感じました。
息子のことこの世で一番好きなのは
私だろうなぁ、って。
もちろんパパだって、
好きだと思うのですが
一番は私だろうと自信を持って言える
のです。
これが娘になると、
お友達とか交友関係も広がっているので
まあ、一番だろうとは思うけど
ライバルもいるかも、と思ったりします。
そこに関連して、おもしろい気持ちが
浮かんできました。
「私のこと一番好きなのは私だろうな」
ってね。
なんだか嬉しくて
一人でニヤッとしてしまいました(笑)
これ私にとっては驚くほどの
変化なんです。
数年前までの私は、
旦那さんに大切にされていたり、
親によくしてもらっていたり、
人から「愛情を注いでもらっている人」
がどうしようもなく羨ましかったし、
嫉妬していました。
そして、その人たちのように
愛情を注いでもらえない私には
価値がないんだと落ち込んだり、
そんな自分のことを惨めでかわいそう
だとも思っていました。
「私がかわいそう!」と夫のことを
責めたことも一度や二度ではありません。
(痛い黒歴史ですが、それも私です。)
私にとって愛情は
「人から注いでもらうもの」だったん
ですよね。
実はこれ、
幼い頃からずっと続いてきた感覚でした。
三人兄弟の長女として、
母の愛情を「ほしい形で」
受け取れないまま育った私は、
いつからか
「大切にされない自分には価値がない」と
思い込むようになっていたのです。
そして、その気持ちはいつしか
執着と呼べるほど大きなものに
なっていました。
それが、
私の夫婦関係や人間関係を
苦しいものにしてきたのだと
気づいた時には衝撃でした。
それほど、
自分以外の人から大切にしてもらうこと
にこだわってきた私がいたんです。
でもね、
そのこだわりをゆるめていくと
自分が自分を幸せにすればいい
自分が自分を大切にすればいい
そんな自分に対して責任を持つ
気持ちが育ってきたんです。
そして、気づいたら冒頭のように
「私のこと一番好きなのは、私だろうな」
という感覚になっていたのです。
私が人のことを好きだと思う感覚って、
「この人おもしろいな。
この人のおもしろさみんなに伝えたい!」
っていうちょっと独特の感覚なんです。
いつの間にか私は、
自分に対してもそう感じるように
なっていて、それが自分を表現したい
という原動力に変わってきました。
少し話が逸れましたが、
私が伝えたいのは
「愛情も安心も自家発電できる」
ということ。
そこに気づくと
人からもらう必要がなくなってくるし、
執着もゆるんできます。
その執着が外れると
不思議と人からも愛情を注いでもらえる
現実に変わってきたりもするのですよね。
人の意識っておもしろいですよね。
あなたの受け取っている愛情は
どこからきていますか?
もしかしたら、すでに
自家発電できているかもしれません。
その視点でご自分の心を覗いてみると
何か気づきがあるかもしれませんね。
今日も最後までお読みくださり
ありがとうございました![]()

