先週、
友達の誘いに学校に行く気になったけど、
行けなかった息子。
その後も、友達と遊んでいて
「終業式は行く」と言っていました。
今日がその終業式の日。
さて、どうなったのかを書いていこうと
思います。
最近、朝は学校に行く時間より
少し遅めに起きてくることが多かったので
朝起こして欲しいと頼まれていたんです。
「どうやって起こして欲しい?」と
半分冗談でリクエストを聞いてみると、
「K様、H様がお迎えに来られるお時間
ですよ、って起こして」って
王子様のように起こして欲しいのですと(笑)
そんなことを話しながら、
二人で笑っているうちに寝息が聞こえて
きました。
そして、朝。
頼まれていた時間に、
オーダーどおり執事のような起こし方を
しましたが、
「学校嫌だ〜、眠たい」
と目を閉じたまま。
まぁ、想定内です。
「目が開いたら起きてね〜」とだけ
声をかけて離れました。
結局、友達が迎えにくる20分ほど前に
のっそりと階段を降りてきました。
そこから、10分ぼーっとして、
朝ごはんを食べ始めました。
「学校嫌だな〜」のオーラが滲み出ていて
重たい感じです。
(ここも想定内です)
食べ終わると、テレビを見始めました。
時間を少しすぎて、友達が来ると、
インターホン越しに「はい!」と
言ったものの、
「どうしたらいい?」ってちょっと
慌てながら、
「取り敢えずトイレ行ってくる!」と
トイレに入ってしまいました。
友達には、事情を話して
「行けたら行くね、ありがとう」と言って
先に行ってもらうことに。
トイレから出てくると、
「あー、学校だるいー。
義務教育なんてクズだー。
やっぱり無理。」
なんて、本音がぽろぽろ。
半年以上ぶりに行く学校。
そりゃあ、ルンルン楽しくは行けない
だろうなぁ。
怖い気持ちも、
だるい気持ちも、
面倒くさい気持ちも、
すごく不快な感覚ですからね。
「学校なんてなかったらいいのに」
くらいに思うでしょう。
ここで、
そんなことないよ学校は楽しいよ、
って言っても何の意味もないのです。
だから私は、
「そりゃ嫌だよね。嫌やと思うわ。」
とそのまんま受け止めます。
でもね、「学校に行く」と決めた
息子から芽生えた気持ちも信じてました。
だから、
嫌なことは十分に分かっていたけど、
「今日は行ってみよう!」と敢えて
嫌だけどやってみることを勧めて
みたのです。
喉元まで
「そっか、今日は無理なんだね。」って
言葉もきていたのですが、
ここはコントロールになってもいいから
背中を押そうと決めたんです。
息子は揺らいではいたけど、
行動する準備はできていると
私は感じていたのです。
「押しても大丈夫」
そんな母親の勘と、
息子への信頼の気持ちがあったから
こその選択。
もちろんすんなりとはいきませんでした。
でも、自分からタブレットで
今日の予定を確認しに行きました。
10:30には帰れること、
終業式と離任式しかないことが
分かると、
ちょっぴり力強く
「よし、行くか!」と言ったのです。
教室まで着いていった方がいいか
聞いたのですが、
それは息子が心配だったのではなく
一緒に行くかどうかで、
私が眉毛を描くかどうか決めようと
思ったからです(笑)
息子は
「何で眉毛が関係あるん?」って聞いて
苦笑でしたが、
結局、15分遅刻して
校門を一人でくぐって走って行きました。
というわけで、
久々の一人のリビングで静かさを
楽しみながら、書いております。
不登校の子には自分の動きだす
タイミングがあります。
親にできるのは、見守ることだけ
というのは鉄則。
だけどね、
時にはちょっと背中を押してあげても
いいと思うんです。
自分で決めたのに中々行動に
移せないことって、大人でもあります。
そんな時に、家族や信頼する人からの
一声がきっかけで動けることって
あると思うのです。
一番近くで見ているお母さんは
子供の内側の変化を感じとる力が
ありますから。
私が「今日は行ける」と息子を信じる
ことができたようにね。
さぁ、春休みを挟んで新学期になります。
今日行けたからと言って、
新学期に行けるかはまた別問題。
でも、
「嫌だけど行けた」今日があったことは
息子の自信になるでしょう。
自分の気持ちに正直に、
自分に優しい選択をすることは
とても大切なこと。
だけど、時には
痛みを感じながら進む日があってもいい。
どちらかだけだと、偏ってしまうので
どっちもあってこそ人間の成長がある
のだと思います。
心のエネルギーは
チャージと放出のバランスで
いい状態に保てますしね。
子供だけでなく、私たち大人もね。
そんなことを感じながらも、
久々のランドセル姿が嬉しい朝でした。
今日も最後までお読みくださり
ありがとうございました![]()

