中2の娘は来週の音楽コンクール(通称音コン)


に向けて張り切っています。




夏休み前から練習を続けてきた伴奏曲は


いい感じに仕上がっていますが


「伴奏がみんなの足を引っ張るわけには


 いかないから」と朝晩の練習を続けて


います。




そんな音コンの予行の前日



「私さ、歌歌うのもめっちゃ好きかも!


 ソプラノは私がみんなを引っ張って


 いく!できると思う。課題曲は伴奏で

 

 引っ張っていくし!」



自信のみなぎる娘の姿に私まで胸が


熱くなりました。






実は先週の娘はこうではありませんでした。




練習がはじまっても、まとまらない


クラスの雰囲気にイライラしていたのてす。




伴奏曲を早くから練習していた娘と


練習を始めたばかりのクラスメイトたち、


その間に熱量の差があるのは自然なこと。





それが1週間経つと、みんなのやる気の


スイッチも入ってきたようなのです。




エネルギーが同調し合うと


娘のやる気もパワーもさらに高まって



それがまた周囲もひっぱっていきたい


という気持ちに繋がったんですよね。




エネルギーがうまく回り始めて循環


している、クラスがそんな風になって


るんだな、って。




自分に合う環境に身を置けて


自分の力を発揮できてるのって


見ていても気持ちいいし


本人はもっと気持ちよさそうです。




翌日は


「予行ぶっかましてくるわ!


ってごきげんに出かけて行きました。



(やってきたるで!って感じの意味かしら?)





「これ本当にうちの子?」って疑うほど


のエネルギーを発揮できるようになってきた


娘の逞しさに惚れ惚れしてしまいました。





子供たちはみんな


自分にあった環境やエネルギーの注ぎ先が


あるのだと思います。




それが


学校ではなく、自宅だったり


スポーツチームだったり、別のコミュニティ


だったり。




集団が合ってる子もいれば


少人数や1人が合っている子もいます。




どれがいいとか、悪いとか言えるもの


ではなく、個性との相性です。




注ぎ先においては勉強やスポーツという


分かりやすいものだけでなくて




ゲームやパソコン、本や芸術


私が思いつかないようなコアなもの


まであるとしたら、もうそれは


星の数ほど無数にあるのです。




私たち親世代には想像もつかないような


世界がいっぱいあるのでしょうね。




娘のように親の私にも分かりやすい形の


エネルギーを見せてくれる子もいれば




親が気づかないような世界に静かに


エネルギーを投じていたり




じーっと、使うことを探しながら


蓄えている子や




今は使うエネルギーが空っぽに


なってる子もいる。




このエネルギーの状態って流動的なもので


今、エネルギー出せてる子がずっと


同じ強さで出し続けられるものでも


ないですし




今、エネルギーが空っぽな子が


今後もずっと空っぽなこともないのです。




今の状態は、今の状態でしかなく


未来を予測する材料とはならない。




よくも、悪くもそれが真実です。





だからこそ、私は今娘がエネルギーを


注いでる音コンの仕上がりを見に行ける


のがとっても楽しみだし(来週です)




将来の娘ではなく、今ここにいる娘を


ただただ応援したいな、と思うのです。




そして


今おうちで休んでいる息子のエネルギーは


充電中。


 


比べる必要はなく


それぞれが「自分のペース」で生きてるだけ。




私たち親も子供もどんな人も


生きてるだけで十分に尊い存在


なのですからね。





今日も最後までお読みくださり


ありがとうございましたにっこり