自分が子供の頃のことを思い出すと
大人ってなんでもできるし、すごいんだって
感じていたんですよね。
私は特にお母さんのことは
そう思っていました。
毎日家族のためにごはんを作ってくれて
掃除だって、洗濯だってしてくれるし
大人っぽい字が書けて
車が運転できて
ミシンで何でも作ってくれる
そんなお母さんのことが大好きだったし
疑うこともなく尊敬していました。
でも、大人になるにつれて分かってきた
のです。
お母さんもできないこといっぱい
あるじゃない!ってね。
うちのお母さんはフルタイムで働いていた
わけではなかったけど
夕食は20時頃になることも度々ありました。
ごはん作るの嫌だな〜って、私が時々、
いやいや、よく思うみたいに(笑)
感じてたのかもしれません。
掃除が苦手でした。
お風呂場はカビがたくさん生えてたし
片付けも苦手でした。
昼も夜もソファーにごろんとしたらうたた寝
しちゃうお母さん。
知らなかったけど、ご近所付き合いはしない方
というか苦手(父が言ってた)。
子供だった私が尊敬していたお母さんは
大人になった私から見るとどこにでもいるような
普通の中年女性だったんです。
私と同じように
できないことも、苦手なこともある
完璧ではない人
それが私のお母さんでした。
それに気づいた私がお母さんのことを
嫌いになったかというと全くそんなことは
ありませんでした。
できないところがあるのがなんだか
可愛らしく感じたし、
自然と私ができることは手伝えば
いいって思って、やっていました。
完璧になんでもこなしちゃうお母さんよりも
私はこの人間らしいお母さんが大好きだった
んですよね。
旅行に行ったり、買い物に行ったり
誰よりも気を使わず一緒に過ごせる相手と
なりました。
母は60歳を過ぎたころから認知症の症状が
現れ始めたので
私が社会人になってからの実質10年くらい
が純粋に母との関係を楽しめた期間だったな
と切なくも懐かしく感じるのです。
私は
こんな完璧でない母が好きだったのに
自分がお母さんになるとそれを忘れて
完璧な母になろうとしていました。
私は母よりももっとちゃんとした
お母さんになろうと思っていたし
それが子供たちへの愛だと思って
いたのです。
無意識でしたが、価値のある自分に
なって、夫や子供たちにもっともっと
認めてもらおうともしていました。
でも、もうやめました。
というよりもできなかったのです。
私も母と同じで片付けも、掃除も
得意な方ではないし、料理においては
お母さんみたいには全然できない。
できない自分を認めたら
もうそれでいいよ、って思えたし
私の好きだった人間らしいお母さんの
ことを思い出したのです。
私たちお母さんは人には寛容になれるのに
自分には厳しくなりがちです。
真面目で優しいお母さんほどその傾向が
強いのではないでしょうか。
でも、どんなお母さんだって笑顔で
幸せそうにしてさえいれば
子供からはスーパーマンのようにすごい人
に見えるのです。
実際そうではなくても、子供にはそう
うつるものです。
だから、気負わなくっても大丈夫。
そのまんまの人間らしいお母さんで
いましょうね。
もし、そのまんまの私ではダメだ、
笑顔でいれない、幸せでもないと
感じる方は
今のままでは、子供やご自身に何が起こると
感じているのか、どうなりたいと感じて
いるのか自分に聞いてあげるといいですよ。
今日も最後までお読みくださり
ありがとうございました![]()



