機嫌の悪い人を見るとどう感じますか?
嫌な感じ、鬱陶しい、めんどくさいなぁ、
機嫌直してほしいな、とか
私が機嫌を損ねるようなこと何かしたかな?
怖いな、どうしよう?!と
不安に感じて
相手の機嫌をなんとかしようとしますか?
それとも
なんか機嫌悪いなー
でも私には関係ないこと
って一線引いて放っておくことを
選択しますか?
私は相手の機嫌をなんとかしようとする
方でした、圧倒的に
特に夫や子供には
「そんなに機嫌悪くされたら迷惑!」って
真向から戦いにいったり
時には美味しいもので機嫌を直そうと
したり
持ち上げて気分をよくしてあげようと
したり
でも全然効果はありませんでした
寧ろイライラの矛先が私の方に向いてきて
逆効果でしかありませんでした
今なら分かるんです
相手の機嫌をどうにかしようとすること
って相手をコントロールしよう
としていることだから伝わる意識は
マイナスなんですよね
だからマイナスとして返ってきていた
んです
そもそも機嫌が悪いのは本人の選択です
人には、機嫌が悪い状態を選択する
自由があるんです
機嫌よくいる自由と同様に
機嫌悪くいる自由もあるんです
そして、大人も子供も
自分の機嫌を立て直す力を持っています
機嫌が悪くてぐずっている小さい子供を
思い浮かべてみてください
永遠にぐずっているわけではなくて
どこかのタイミングで機嫌を取り戻し
ますよね
その視点で見ると
「相手の機嫌を取ろうとすること」って
その人のことを
「自分の機嫌を自分で取れない人」として
見下していることになります
見下された上に
「機嫌を直せ」と不機嫌でいる自由を
奪われるのです
これってとっても不快なことですよね
結果として
気をつかって機嫌を取ってあげようとした
のに、逆にイライラをぶつけられる
という不毛なことになってしまいがち
なんですよね
機嫌のいい時も悪い時もある
どう感じるのかはその人の自由、なんです
そう聞いても納得がいかない人もいるかも
しれません
それは少し前までの私です(笑)
なぜ納得いかなかったかというと
自分が自分に機嫌の自由を
与えていなかったからです
今私が不機嫌になったら周りの人が
嫌な思いをする、って自分の不機嫌を
引っ込めたり
不機嫌になってしまった自分にOKが
出せなくて責めてしまったり
「不機嫌」というと悪いもののように
感じてしまうけど、その中身は
悲しい、悔しい、苦しい、惨め、、、
などの私の大切な感情が詰まっている
のです
それを感じる自由を自分から
奪ってしまうって自分イジメです
まずは自分のどんな感情も認めてあげて
自分に不機嫌でいる許可を出して
あげましょう
「今、私機嫌が悪いんだな」って
自分で気づいてあげて、その状態を
善悪でジャッジしないことです
不機嫌な時もある、あって当然
別に誰のせいでもない、私の問題
自分が分かってあげれたら、消化できたら
不機嫌はいなくなる、ずっとは続かない
そうやって自分が自分の不機嫌を
受け入れることができれば
安心して相手の不機嫌も受け入れる
ことができるようになります
「不機嫌を受け入れる」というのは
相手の機嫌を取ろうとすることでは
なくて
相手が不機嫌でいることを見守れる
その状態にOKを出せるということです
それでも何とかしないと、という意識が
働いてしまう方は、その場を離れて
物理的に距離を取るというのも
一つの方法ですね
私の不機嫌は私のもの
相手の不機嫌は相手のもの
そこが腑に落ちると
不機嫌な人に対して過剰に働いていた
センサーの感度を落とすことができます
今日これを書いたのは最近
自分のセンサーが反応しすぎてるな、と
いうことに気づいたからです
信頼の気持ちを持って、
センサーの感度を落としていこうと
思います
今日も最後までお読みくださり
ありがとうございました![]()
