数ヶ月前に当時中1だった娘が
初潮を迎えました。
背がぐっと伸びたし、
何だかホルモンが暴れてるようなメンタル
私自身も中1できたのでそろそろかなって
思っていたところだったんです。
思い出したのが自分の初潮のこと。
私は母に「生理がきたよ」って
言えなかったんですよね。
まずはじめに感じたのが、
どうしよう!隠さなきゃ!という気持ち。
学校で教わってはいたものの
びっくりしたし、怖かったし、大丈夫だよ
って本当は母に言ってほしかったのです
けどね。
生理のことをいいようには
捉えていなかったので、母に言ったら
笑われたり、嫌がられたり、面倒がられたり
困った顔されたり
私の欲しくない反応が返ってきそうという
イメージが当時の私にはあったのだと
思います。
その欲しくない反応が返ってくると、
私はどうにも自分の居場所がないような
苦しい、悲しい、気持ちを
感じることになるので、
無意識に逃げようとしていたのでしょう
生理のことをよく思ってなかったのは、
母が生理のことを隠そうとしていたのを
見てきたからだと思います
昼寝から起きた母の白いスカートが
真っ赤に染まっていたことがあり
何だか分からずに
「お母さん赤くなってるよ」
と、幼かった私が母に伝えると
母は返事をすることもなく慌てて
リビングを出ていってしまったんです。
今なら分かります
母は経血でスカートが汚れていることに
びっくりして早く処理しなければ!と
慌てていたんだろうな、と。
でも子供だった私には
私が余計なこと言ったんだ
お母さんの内緒にしてること、イヤなこと
言っちゃったんだ、言ってはいけないこと
だったんだ
という風に捉えて、インプットされた
んだろう、今振り返るとそう感じます。
他にもトイレにあった生理用ナプキンを
お人形の布団にして遊んでいて
怒られたこともありました![]()
そういう出来事の繰り返しで
私の中に
生理はいけないもの、人に言ってはいけない
お母さんに言ったら嫌がられること
というイメージが刷り込まれてしまった
のだと思います。
結局、はじめての月は母に言えないまま
下着を隠して乗り越えました。
2回目がきた時に、もう下着がなくなって
しまう、言わないと仕方ない、という状況に
まで追い込まれたのでドキドキしながら
でも、ドキドキしていることを隠しながら
できる限り無機質な口調で母に伝えました。
母はというと驚きもせず、そうなんや〜、
という感じで普通に聞いてくれて、なんなら
夕飯にお赤飯まで炊いてくれました。
恐れていたイヤな反応は返ってこなかった
し、心配されることもなかったけど
私がこんなに悩んで言えずにいたことを
母は全く気づかないままでした。
大人になった私が自分で振り返っても
なんだか切なくなるし、
大丈夫だよ、言ってはいけないこと
でないし、1人で抱え込まなくていいんだよ
怖かったよね、心細かったよね、って
中1の私を抱きしめてあげたい気持ちに
なるほどいじらしい![]()
そして、この出来事の後も
ナプキンの残りが少なくなってくると
どうしよう!お母さん気づいてくれないかな
と節約ぎみに使ったりしていたし、
いよいよ、なくなりそうになると
あの時と同じようになるべく無機質に
買っておいて欲しい、とドキドキを
隠して伝えていました。
やはり「生理は悪いこと」というイメージ
が拭えなかったし
母に対していつも感じていた
私のこと気にかけてほしい、気づいてほしい
という気持ちとは裏腹に自分から
気にかけられないように
気づかれないように
という行動を選択してきたんです。
鈍感でお気楽な母だったので
母に気づかれないようにする、というのは
簡単なことだし、それでも気づいてほしい
という私の願いは叶わないままでした。
虐待やネグレクトがあったわけではなくて
母はお菓子や洋服まで手作りしてくれる
ような普通の家庭的なお母さんで
まさか私がこんな風に感じていたとは
夢にも思ってないはずです。
もう少し書きたいのですが長くなりそう
なので続きは次にします![]()
今日も最後までお読みくださり
ありがとうございました![]()
