子供を守ってあげたい


親ならば誰もが感じたことがある気持ち


ではないでしょうか




私も、もちろん感じてきました


人よりその思いは強い方だったと

思います




その理由を考えると


自分のように嫌な思いをさせたくない


子供には失敗させたくない


そんな思いがありました




そして


なるべく子供が傷つかないように


失敗しないように、嫌な思いをしないように


ということを優先してきたな、と思います




例えば娘が小さい頃の私は娘に


「そこ邪魔だからどいて」と言うことが


できませんでした




邪魔って言ったら娘が可哀想だな


傷ついちゃうな、そんな扱いしたくないな


って感じていたので




そこ邪魔っこだからのいてね」と


私なりに娘に精一杯気をつかった言葉を


選択していたんです




そもそもをたどると


私が子供の頃に友達に


「邪魔だからどいて」って言われた時に


キツイ言葉に感じたことがあったんです




上から言われたようなショボーン


見下されているようなショボーン


バカにされているようなショボーン


そんな風に感じたんです




自分が言われて嫌だったから


自分の子供には言わないでおこう!



そういう思考になったわけです




でもね、お気づきかと思いますが


「邪魔だからどいて」って


ただのお願いの言葉です




見下されてる!バカにされてる!と


捉えるのは私の捉え方、受け取り方


なんです、その認知が歪んでるんです




ここに気づかずに


自分がされて嫌だったことは


子供にしないでおこう


と必要以上に守ってしまうと


子供は、私の歪んだ捉え方をインストール


して引き継いでしまうのです絶望




「邪魔だからどいて」と言われて


娘がどう感じるか、どう捉えるか、に


正解はありません



どう捉えてもいいのです




ストレートにお願い、と受け取っても


私のようにイヤな感じ!と受け取っても


邪魔になってたんだ!と申し訳なく感じても




それをどう捉えるかは娘の自由であり


どう捉えて、どう行動するか


全ての選択が娘の経験なります




子供に過度に気をつかうことは


この自由と経験を奪ってしまうことにも


なると思るんですよね




そしてそれはお母さん自身が自分の考えや


行動にフィルターをかけることでもあり


エネルギーを消耗することでもあります


疲れちゃいますもんね泣




必要なのは気をつかうではなく

信頼するです



子供に対して


この子ならどんなことがあっても大丈夫!


何があってもこの子の経験、学びになる!


そんな気持ちで見守ることができれば




子供はお母さんの信頼を受け取って


のびのびと自由に育ち


必要な時は自分から助けを求める


そんな関係が築いていけます




どんな風に感じても受け取ってもいい


というのは子供にとってもとても安心な


ことですからね




お母さんが過度にマイナスの感情を


怖がってしまうと子供はマイナスの


感情を抑制するようになります





感情に蓋をしてなかったもののようにしたり


本当はお母さんに聞いてほしいのに言えずに


隠してしまったり



感情を感じる、外に出すということが苦手に


なってしまうのです



結果、未消化な感情がどんどん蓄積して


本当の自分を見失ってしまう




これは私のことです真顔



その見失った自分を取り戻すために


こころの勉強をすることになったし


過去の未消化な感情を感じきるということに


取り組んできました





子供のことを守る!というのは


マイナスの事柄や感情から遠ざけるのでは


なくって


どんな感情を感じても大丈夫なんだよ!


という安心感を子供に提供すること


感じる邪魔をしないこと

 


だと今は感じています




子供のことを信頼していれば


「そこ邪魔だからどいてー」っていうのは


抵抗なく言えることです




子供はとっても強いし


私たち大人もとっても強い



逃げないでどんな感情とも向き合う力を


持っているのですからね飛び出すハート


こどもの絵本、私の方が名残惜しかったけど処分しました!こどもたちをたくさん楽しませてくれてありがとう、さようなら〜



今日も最後までお読みくださり


ありがとうございましたニコニコ