人は、生まれてから、
本当の自分に出会い、
そこから、
新しい人生の扉が開かれる・・・。
最近、
そんなふうに感じている。
本当の自分に出会ったのは、
イタリアだったと思う。
ローマでの生活は、
ワタシにとって、
ホントの自分に出会う旅だった。
ワタシとしては、旅ではなく永住を願ったのだけど・・・。
半年の滞在許可を伸ばすことすら叶わなかった。
最初から、永住を望んではいなかったし、
役所での書類をすらすら読めるほどの読解力も
自分の思っていることを
思ったように言えるほどの語学力も養わなかった。
今思うと・・・、
必然だ。
ローマでの暮らしは、
ワタシは、日本人です。という立場から、
お気楽だったこともあり、
本当に、自由だった。
興味あることであふれていたから・・・。
それでも、
イタリア人たちとトラブルになることもあり、
どんなに気持ちを伝えても、
理解できない・・・。
お互いに。(笑)
今となっては笑い話、
その時は、わぁ~、何のために留学したんだろ~。
わぁ~。やばい。
イタリア、嫌いになる・・・。
でも、また、イタリアを愛してやまない国にしてくれたのは
イタリア人。
そこで、学んだのが、
”人は、分かり合えない。”
だから、わかろうとすることが大事。
わかってくれようと想像してくれく人を大事にしたい。
”考え方は、人の数だけある。”
”その人の生き方(個性)をこちらの型をはめない。”
そして、名前。
ワタシは、家庭の料理を知りたかったので、
キッチンを使ってもよくて、料理好きのマンマのいる家を
語学学校に紹介してもらい
一室を借りていました。
間借りです。
家主のマンマはオリエッタとう名前。
普通なら、シニョーラというミセスみたいな呼び方の方が
よかったのかもしれませんが・・・。
”マンマ”
と呼びました。
マンマと呼びかけるのは
親子関係のある娘や息子だけ。
娘や息子の友達は、
”オリエッタ”と呼び捨てです。
日本なら、
”おばちゃん”とか”○○ちゃんママ”ですよね。
彼女は、きっと、ワタシがマンマと呼ぶのに驚いたと思います。
でも、住んでいる間、
マンマと呼ばせてくれて、
彼女の友人たちに
ワタシがマンマと呼ぶのを自慢していました。(笑)
彼女には、お料理も習ったし、
一緒にバカンスに行こうと
仲間に入れてもらいました。
踊りに行こうと夜のパーティーや
夏の間の海に日焼けをしに
週末連れて行ってもらっていた。
母と丁度同じ年だったので、
娘のようにかわいがってもらいました。
ワタシが、マンマと呼ぶ通り
イタリアのマンマになってくれました。
ヨーロッパの人にとって、
HIROEの発音は難しい。
H の発音をしないので・・・、
イロエとなります。
フランスでは、
最初のHと 最後のEは発音しないので・・・、
イロと呼びかけられて、
自分のこととは思いませんでした。
ちゃんと発音してもらうために
英語でヒーローって言える?
それにエをつけてと
発音の注文から始まる。
いい自己紹介に使えたし、
名前の意味を説明したり・・・。
太平洋の入り江で生まれたから、
生まれた海辺の場所を表していると
名前の説明を何度もした。
イタリア人たち、海が大好きなので
理解しやすい名前だったかもしれません。
漢字の意味に興味を持ってくれる人も多かったです。
イタリアでは、
日本人であり、HIROEでした。
その時は、気が付かなかったけれど・・・。
名前を呼ぶことで、人との繋がりも変化するし
自分の名前自覚することは、
本当の自分に出会うひとつの方法なのかも・・・
と、思っています。
自分の名前を好きになる、
それだけでも、十分なのかも。
それまで、
あだ名や、名字で呼ばれている時代の自分は
今とは全然違う。
どちらも、ワタシなのだけど、
別人みたい。(笑)
昔から今も交流のある友人は
昔から、ワタシのことを名前で呼んでいた。
名字、生まれた環境に左右されることなく
名前は、一生変わらない。
自分でつけることもできないから・・・。
自分の物語の台本にかかれたタイトルみたい。(笑)
こじつけかもしれないけれど、
そうなのかなって、思えることが
何個かあげることができると
思考をそっち側に寄せるところがあるので・・・。
ワタシの場合のお話です。
ただ、理想の自分を作り過ぎて
無理をしたり、
見栄をはったり、
する必要がなくなってきた。
(たまには、無理もするし、見栄も張るっ!!
それが、楽しい時もありますから。(笑))
そのままの自分でいいと
自分に言ってあげられるようになった。
そんな自分が好き。
なんだか、自由だ。
( ´艸`)
