猫の耳に念仏。 | リーフ・カフェ ジャルディーノ (リーフカフェ)  leaf-cafe' giardino 現実逃避の場所

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無理はしない。
好きなことは、大切にする。

流れにさからわない。

そのままで。

benvenuti a leaf-cafe' giardino!!

先日は、父の命日。

 

いつからだろう・・・。

お参りで、お経のあがるなか

泣かなくなったのは・・・。

 

父が亡くなるまでは、宗教とは無縁だった。

短大がかろうじて、

プロテスタントのキリスト教だったけれど・・・。

それっきり・・・。

 

父が亡くなってから初めて

お寺とのご縁が出来た。

 

手を合わせる場所があるというのは、

家にとっては、大切なことのように思える。

 

父の葬儀は、

もう、20年前になる。

今ほどではなかったが・・・、

暑い晴れた日だった。

別府の病院から自宅にもどる山道・・・。

ねむの花が咲いていて、

むせるような栗の花においに

やられてしまった。

 

ねむの花と栗の花の香りは今も苦手だ。

香りが栗の花だったかは、確かではないのだけど・・・。

なぜか、栗の花だと思っている。

 

たまに、思い出して、

うっと、胸が詰まるコトはあるが・・・、

葬儀の時のように泣くことは無くなった。

 

泣いていたのは、父の為ではなく、

父がいなくなったことが悲しいという、

自分の為に泣いていたのだなと、

しばらくして思うようになった。

 

西の魔女が死んだの

西の魔女(おばあちゃん)のように

”魂の脱出に成功した””ことを

本当は喜ぶべきで、

もしかしたら、どこかに生まれ変わっているかもしれない。

癌の末期で、

苦しかったはずだから・・・。

本当に、魂は脱出できて、

自由になり喜んでいたはず。

 

生まれ変わっては、ちょっと、ピンとこないのだけど、

向こうで、待っていてくれているという感覚がある。

 

そして、いつも、

ワタシが思い出せば、そばに居てくれているはず。

 

そう、泣かなくなったのは・・・、

見守ってくれていると思えるようになり

自分の中に生きていると思えたころからかな。

 

マイホームパパとはかけ離れた、

こんな人は絶対に結婚したくないと

思っていた父だったが・・・。

 

似ているところが多い・・・と

この年になって思う。(笑)

 

亡くなった人を仏様なんて

呼んだりするけれど、

ホントに、仏様になる。

不思議と・・・、父の嫌だったところは忘れ、

いいところだけ思い出す。

嫌だったところも笑える。

 

猫の耳に念仏。

 

2匹でご院家さん(お坊さん)を監視中。

ワタシは、撮影。

ちょっと、不謹慎ですが・・・。