今年最初の”あらためて大事にしたい言葉”です。
毎回そうですが、記事にアップするものは、
先月上記メッセージボードに掲載したものです。
去年までは”指導者とは”、という括りを中心にしていましたが、
今年からは”人として”も入れていこうかと思っています。
今日更新した新年最初の”メッセージボード更新”も、
そんな目線で選んでみました。
新年を迎え「ああしよう、こうしよう」、
新たな目標を立てたりするでしょうけれども、
大事な軸、基本的な考え方はそう変わらないものでしょう。
自分自身への戒めもあり更新しましたので、
よろしければあわせてお読みいただければ幸いです~('-^*)/
"誠実である” 『平成26年12月掲載』
◆指導者はつねに誠心誠意ということをこころがけなくてはならない。
『豊臣秀吉と加藤清正の文禄地震でのやりとり、
加藤清正の言葉が例えに使われています。』
加藤清正の言葉
「自分は一生の間、人物の判断に心を尽くし、
人相まで勉強したが、結局よくわからなかった。
ただいえるのは、誠実な人間に真の勇者が多いということだ」
結局、誠実な人はありのままの自分というものをいつもさらけだしているから、
心にやましいところがない。
心にやましいところがなければ、
よけいな心配をしたり、おそれたりすることなく、
いつも正々堂々と生きることができる。
それを自分をよくみられたい、よくみられようなどと考えて、
あれこれ作為をすれば、
その作為のためにいらざる気を使うということにもなろうし、
そのことが一種のうしろめたさともなって、
力強い信念にみちた活動もできにくいだろう。
これは事業でも政治でも同じことだと思う。
商売というとなんとなくかけひきのように考えるかもしれないし、
そういうものが全く必要ないというわけではない。
しかし根本はやはり誠実にありのままの姿を率直に示して、
それを誠意をもって相手に了解してもらうということでなくてはならない。
そうでなく、かけひきや術策だけに頼っていたのでは、
長きにわたって信用を得、発展させていくことはできない。
政治にしても同じことで、結局は真実を率直に訴えていくことが必要だと思う。
いたずらに迎合的に、耳にひびきのいいことばかりいっていても、
一時の人気は得られても、真に国家国民のための政治はできない。
結局最後に人を動かすものは誠実さであることを、
指導者は知らなくてはならないと思う。
松下幸之助
