いじめや不登校、子どもたち同士のトラブルに対する
学校の対応は実に様々です。
一人ひとりの先生の考え方や価値観、
あるいは校長先生一人の方針によって
その学校の対応全般が決まってしまうことが多いように思います。

本当は、学校によってとか
先生によってそんな差が出ないように
国や自治体がもっと現場でちゃんと機能する、
統一したプログラムをつくりあげるべきだと思うのですが・・・
(スウェーデンでは行政がかなり具体的な対応策を実施しているようです。
 → http://www.pharberry.com/sweden/item_104.html )

発達障害のある生徒への理解やサポート体制のとり方も
残念ながら、学校によってかなり大きな差が生まれてしまっています。

そんな中で、私が家庭教師で担当している小学生の
学校の先生の対応が素晴らしいと思ったのでご紹介します。

Aくんは広汎性発達障害のある男の子です。
度々友達と行き違いが生じたり、誤解を受けることがあります。
それで友達とトラブルになったときに、担任の先生は

①まずAくんの言い分と、友達の言い分をどちらもじっくり聴きます。
②どちらかが悪い、悪くないという決定はしません。
  ゆえに、どちらも叱りません。
③なぜ行き違いが生じたか、それぞれにわかるように丁寧に話します。

・・・というスタイルで、毎回一貫した対応をしてくださっているそうです。

もちろん、トラブルの内容や程度によって
若干変わる部分はあるとは思いますが、
この対応の根底には

・子どもの声に耳を傾ける(まず受けとめる)
・上から一方的に叱らない(背景や意味を理解しようとする)
・障害がある子の自己理解へのサポートと同時に
周りの子が”ちょっと変わった子”への他者理解ができるよう
細やかな配慮がされている(全ての子への教育になる)

というとても大事なベースが確固としてあるような気がします。
ごくシンプルに見える対応ですが
これができている先生方が
果たしてどれだけいらっしゃるでしょうか・・・?
先生方に限らず
私たち一人ひとり・・・大人として、また親として
いつもこんな風に冷静に丁寧に時間をかけて
子どもたちと向き合うことができているでしょうか?

もしできていたなら、
いじめで自らの命を絶とうとする子も
ちょっと変わった誰かを蔑む気持ちをもつ子も
いなくなるはずです。

Aくんは、今安心して学校に通っています。
以前は一人で遊ぶことが多かったそうですが、
最近は友達と休み時間に
トランプをして遊ぶのが楽しい!と言っています。

身近な大人の、ちょっとした言葉掛けや眼差しで
感受性の豊かな子どもの心は
如何様にも変化する・・・

その責任の重さと可能性の大きさを胸にとめて
今日も子どもたちに会いに行きます・・・!