避難所での学習支援5回目です。
今日は私のいた時間帯にも
たくさんの子どもたちが学習室を利用していました。
当然、にぎやかになることもあるのですが
ある程度、それはそれでいいと私は思っています。
勉強の合い間の、一見他愛の無いおしゃべりの中に
彼らからの大事なサインが隠れている場合があるからです。
そのサインは私たちが
”子どもを中心に置いた支援”を行うために
いいヒントになることがあります・・・
それと、最近よく感じるのは、
やはり子どもたちは何より”日常”を求めているのだ
ということです。
今はまだ自分のつらさを誰かに吐露する段階ではなく、
とにかくいつもと変わらない日常を取り戻したい、
そこに安心感を見いだそうとしているように感じます。
私たちは今は、ただそれに寄り添うだけでも
いいのかもしれません・・・
その避難所では、今日
「ゴスペルコンサート」が開かれていました。

”上を向いて歩こう”、”アメージング・グレイス”、”ふるさと” etc...
じっと聴き入り、涙する人たちがたくさんいました。
大人にとっても子どもにとっても、
こうやってちゃんと泣ける時間は必要なのだと思います・・・
今日は私のいた時間帯にも
たくさんの子どもたちが学習室を利用していました。
当然、にぎやかになることもあるのですが
ある程度、それはそれでいいと私は思っています。
勉強の合い間の、一見他愛の無いおしゃべりの中に
彼らからの大事なサインが隠れている場合があるからです。
そのサインは私たちが
”子どもを中心に置いた支援”を行うために
いいヒントになることがあります・・・
それと、最近よく感じるのは、
やはり子どもたちは何より”日常”を求めているのだ
ということです。
今はまだ自分のつらさを誰かに吐露する段階ではなく、
とにかくいつもと変わらない日常を取り戻したい、
そこに安心感を見いだそうとしているように感じます。
私たちは今は、ただそれに寄り添うだけでも
いいのかもしれません・・・
その避難所では、今日
「ゴスペルコンサート」が開かれていました。

”上を向いて歩こう”、”アメージング・グレイス”、”ふるさと” etc...
じっと聴き入り、涙する人たちがたくさんいました。
大人にとっても子どもにとっても、
こうやってちゃんと泣ける時間は必要なのだと思います・・・