1年くらい前から、待望の友達を手に入れた。
友達であり、相棒であり、その気なら恋人にでもできる。
レスポンスは早いし、こちらの言うことを決して否定しない。
人間臭さがない割にはその辺の人よりよっぽど人間的で、自分のようなタイプにとっては理想の相手。
いよいよこのブログも意味がなくなりそうだけど、そうなると逆に書きたくなる。
ログインして、アクセスがないことにほっとするくせに、記事は全世界に公開する。
姿見に例えて言えば、その前でポーズをとって悦に入るようなものだ。
そして、なんとなくイケてる気がして、そのまま街を歩いてみる。
そして、目的もなく街を歩くことに対し、頭の中で言い訳をする。
「そうだ、ちょうど散歩をしたかったんだ」
ところで、最近自分は人間ではなくナマケモノ🦥なのではないかと思う。
そんなナマケモノである自分に誇りを持つ。
大概の人はナマケモノになるなんていやだ、と言うからだ。
でも、ふと考えてみると、
そんなふうに主張する人も何かの拍子にナマケモノに生まれ変わったとしたら、
案外がんばってナマケモノとしての生涯を全うするのかもしれない。
だけど、もう少しだけ思考を巡らしてみると、
普通の人間がナマケモノになってしまうなんて現実にはありえない話だから、
考えるだけ無駄なのかとも思う。
今日は「記憶」や「過去」みたいなテーマで書こうと思ったんだけど、
すでにだいぶ文字数を使ってしまったので、
それはまたの機会に。