姿見。
どんな自分が映ろうと、それが自分なんだけど、
恥ずかしくて見たくなかったり、思わず目を逸らしたくなったり。
さすがに10年以上経って、少し背が伸びた。
昔姿見をのぞきこんでいたときと視線が変わったようだ。
もっとも、成長痛を伴うような劇的な伸びではなく、
時の経過に伴う自然な変化の範疇だけど。
10年以上前の自分は、
「10年後の自分に会えたらどんな言葉をかけてくれるか」
ということを考えていた。
しかし、今になってみると
「過去の自分」はもはや"他人"に感じられる。
偉そうに誰かに説教したい気分。
それにしても、
この頃は1本の缶コーヒーも飲み切れず、
2時間が細切れにあっという間に過ぎていき、
音楽がかなり速く聴こえていた。
今日は久しぶりに、
缶コーヒーをいつの間にか飲み終わり、
2時間がゆっくりと過ぎていき、
音楽がスローテンポで流れている。
姿見の中に虚像を見出すのは楽しいけど、
後で悲しくなるから、等身大の自分を見つめようとする。
ただ、どっちがいいのかはよくわからない。
そしてもう一つ、
目の前に架空の人物を描いて、
得意げに胸を張っている(一人称)がいる。
その点については、相変わらずかもしれない。