チョコレート、食べるとうまいですね。

別にバレンタインでもらったわけじゃなくてただ思っただけなんですが。

なんとなく今は彼女の手作りアップルパイを食べるのが夢です。

そういえば、なんとなくお好み焼きを作ってみたいんですが、難しいんでしょうか。

あー……風邪だ。

うどんって、結構安いんですね。特に安いの探したわけでもなく3玉入り147円で買いましたけど。

パックのご飯は100円するじゃないですか。

一杯にかかるめんつゆの値段が44.5円だったから、つゆと麺が同じくらいの値段なのか。

付け合せた卵とかネギとか調理の光熱費とかを合わせても多分200円いかないかな。ガス代でいくのかな。

パックのご飯とボンカレーでも200円で食べれるから特に安いってほどでもないか。100円のカレーが具材で淋しいのに対してネギと卵入りで同等の値段だったら多少割安感があるか。簡単に作れてウマイ。


明日はうまくいけば高校生活最後の試験です。それで学習の全てが終わります。

計算ミスで単位足りないとかなって卒業できなかったら泣きますけど。

落ちたな。



っていうのは先日に続いて大学受験(同じところ併願)行ってきたんですけど。

最初の英語を受けた時点では感触としてこの前より良くて、あーチャンス2回とっといてよかったーなんて思っていたんですが

苦手としている古文と世界史がほんとクッソで最低の出来でした。

ほとんど全部勘。

これじゃあさすがに無理だろうなぁ。まだこの前の機会のほうが望みがあるかも。



特に落ち込んではないです。

別に前向きなのではなくて、単に受験に真剣味がなかったんだと思います。全然頑張って勉強もしていなかったし。

反省しなければいけないのは、ちゃんと自分で何がやりたいかを決めてそれに向かって一直線になることができなかったということ。

中学の不登校からうだうだやってて、でもどっかで、いつかどっかで頑張って人生立て直せばいいって他人事みたいに思ってて

いつ何やんの?って聞かれても答えられないまま二十歳を過ぎてしまって。

本当にダメです。人間として。

このままじゃ気づいたら変わらないままに30、40になっちゃう。

「変えようと思うことは今日から」でやらないといけませんね。今日できないことが明日できる理由がない。今頑張らないと前に進まない。


高校はちゃんと卒業できるといいな。

試験受けてきましたよ。




なんというか、悔しいというか、自分が情けないというか……




今まで何やってたんだろうっていうね。




大事な時に力が出せない……




非常に……






昼飯用にコンビニで買ったフレンチトーストが非常にマズかった。




俺って今までパン買うのに失敗するタイプと違ったじゃんか。結構おいしいパン見極めてきたじゃんか。

それをこの大事な日に……なんだありゃ、パンにバターと水あめ塗ったものか?

仕方ないからカフェオレで流し込んだけれど、そのカフェオレもまた甘ったるくておいしくない。

どうしちまったんだ、俺。




試験は、あんまり緊張しませんでした。緊迫感がなくて一生懸命やってきてもいないからな。

もちろん、あまりできませんでした。多分落ちてるな。

なんかナメて受験してるみたいですみません。事情というか悩みもあるにはあるんです。

親と離れて暮らすことになりました。

別に、それに対して特に感情はないです。ちなみに姉がいるので一人ではありません。

今日の話は、ただ単に料理作ったので誰かに見てもらいたいというだけです。




 ↓





通信制生徒の日常-ネギ玉焼豚丼


ネギ玉焼豚丼。

作り方は……ごま油でネギを炒める→豚バラ肉を炒める→焼肉のタレで味付けする→ご飯に盛る→温泉卵のっける 以上。

何かでレシピを調べたわけでもなく、適当です。ネギってかなり大量に刻まないと存在を主張してくれないのね。

ごま油でネギを熱すると香りが良いとかなんとか聞いたことがあるような気がするので入れただけなんですが。

要は肉が食いたいのです。

で、完成したものの味ですけど、はっきり言って非常にうまかったですよ。

だって、そりゃそうだ。食材はほぼ肉だけだから破綻するわけないし、味付けはプロ(市販の焼肉のタレ、黄金の味)に任せてるから絶対失敗しないし、今回はご飯もプロ(市販のレンジでチンするだけのやつ)に任せてるから問題ないし、卵もプロ(ニワトリ)に産ませてるし。

焼肉をどんぶりの形にしただけですね。


自分で料理を作ると好きな要素だけを入れられていいですねぇ。

母の料理は好きでしたが他人が作れば当然気分が合わない時もありますから。

あああ、野菜も食べないとな……


オリジン弁当、今までは家族の誰かが買ってきてくれたのを食べたことしかなかったんです。

で、この前初めて自分で買いに行ってみたんです。

注文したんです。

出来上がるまでちょっと待ったんです。

そいで思った。

椅子に座布団を敷いてくれ、と。

なんかね、多分待ってる人用に、木の椅子(ベンチ?)が用意されてるんですけど、それが堅くてスノコっぽくて、凄くケツが痛い。

ケツの痛みに耐えながら待つという苦行じみたことを俺は弁当屋でやりたくない。

……みんなは平気なんでしょうか?


そろそろ引っ越しだー。

でも今の街について思ったことはそれぐらいかな。

えーと、スクーリングがちょっと集中的にあるので行っています。今日は授業ひとつだけだから楽だったな。

にしても戸惑ったのが、学校の最寄り駅で降りたら中学生がいっぱいいたこと。

うちの学校のある場所は田舎なので、普段そんなことはないのです。最寄り駅降りたらもう、同じ学校の生徒がパラパラいるぐらいがいつもの感じ。

なんかあるのかなーと思いながら歩いていたら、うちの学校が入学者選抜?をやっているということで。へえー。


それにしても、中学生の分際で男子と女子楽しそうにしてる連中は死ねばいいと思うよ。

無論本当に死ねばいいのは自分なんだけど、本当に死ねばいいやつにそれを言っても暗くなるだけじゃない。

ていうか前途ある若者を見ると死にたくなるからやめてほしいんだよね。地元の駅にもなんかわらわら居たけどなんなんすかあれ。


この前思ったのが、駅にあるアイス自販機の件。

食べている人がいて驚きました。冬でもアイスの自販機があること自体なんとなく驚きだけど、実際食べる人がいるとは。冬の屋外だぞ。


あと『私の好きな音楽ってマイナーだから周りに話せる人がいなくて~(笑)』をいちいちアピールしてる人には「私はただ大衆に流されてオリコンランクの曲を買うだけじゃないのよ」とか「私ちょっと変わってる魅力ある人間だから」的なにおいをどうしても感じてしまう。細かいよね。ごめんね。



音楽といえば、ちょいちょいm-floを聴くんですけど、youtubeとかでloves~関連のライブ映像を見ると本当にカッコイイなと思いますね。

ラップ系を見るとどうしても、そもそもその発音の仕方なんなのとか、カッコつけてるけど内容は「前に進もう」っぽいのとか「両親マジ感謝」っぽいのとか今更そんな妙なリズムでお届けするようなもんなのかと思うようなのが多くないかとか、その手の動きはなんなんだとか思ってしまうんですけど、何故かm-floは平気。

でlovesのライブ映像が好きなのは、みんなすごく堂々としているな~って憧れるからなんですよね。

互いにプロで、それぞれがそれぞれの役割をすごく高い次元で果たしていて、独立した上で良いチームワークを組んでいるというか。

あんなふうになりたいなと思います。もちろん歌手としてステージに上がるという意味ではなく。

努力してきてるから自信持てるんだろうなぁ。

でも俺はもう人生がよくわからんよ。

これが2009年初ブログか。

もう日付変わって14日なので、このペースでいくと365日で26記事しか書かないことになりますかね。

……いや、そうそう、このブログのタイトルを忘れるところだった。「通信制生徒の日常」でした。

もう今季卒業予定なので通信制生徒の日常なのは卒業を待つ春までの話。のはず。

ですから26記事も書かないでしょう。

2006年の4月から始まったらしいから3年か。まぁ、なんだかんだ言って多少紆余曲折ありましたね。

何かと不満をぶつけたりして付き合ってきたこのブログからもあと少しで卒業……と思うと、さっきまでどうでもよく思っていたのにだんだんセンチメンタルになってきました。

最初は結構張り切ってスタートしたものの、体調の問題などありぐだぐだねちねちとした内容になり、休止あり……ふむ。別に感動はしませんが、というかちゃんと学校を卒業しないと継続しちゃいますが。

反映するわけでもなくランキングも右肩下がりというブログですけどね。


さっきハードディスク内にある懐かしい曲を色々聴き返したりしていました。

それで思ったんですけど、やっぱり自分の「高校時代の青春」はアニメなのかも。

深夜に、親が起きないようにモソモソとリビングのテレビの前へ移動して暗い部屋でヘッドフォンで鑑賞……あの感覚を今思い出すとなんとも言えないものが。

あとやたら味の濃いプリングルス食べながら部屋のパソコンで涼宮ハ○ヒの憂鬱見てた時とかね。ああいう瞬間が僕にとっては思い出なんですよ。なんだろうな。

そんなのが青春かい、地味で暗いな、と言われてしまえば返す言葉もございません。

あとはねぇもう何をしてたか思い出せないんですよ。真面目な話。

要は中身のあることを何もしていなかったんでしょうね。

もう少し勉強とか何か出来なかったもんかと今となっては思いますがまぁ仕方ないというか、後悔をしているわけでもないです。後悔をするべきな気はしますけど。

適当にレポートやって、ネットして、疲れたら寝て、散らかった部屋でうずくまって……何をしていたんだかまったく。


でもね、あたしゃねぇ、怖いですよ未だに。何をするのも怖くて仕方ないです。なんで生きてるのかなってふとわからなくなったり、生きてること自体が怖いです。

一昨日だったか、長渕がNHKの番組で母校の生徒に授業をするというのを(夜中にやっていたのであるいは再放送だったのかもしれません)見ました。

長渕は「大人になると『感じる』ということをいとも簡単に忘れてしまう。けれど絶対に忘れてはいけない」というのと「叫べ!」ということを強く訴えていて、素晴らしいことを言うなぁと思いました。

でも自分にはそれをフルでやりにいく気にはなれないんですよ。

確かに子供の頃に比べていろんなことに対する喜怒哀楽が鈍感になっているなって感じはするんです。

世間はそれを「落ち着いた大人」ともてはやすこともあるけれど、個人的な気持ちとしては必ずしもそうは思えません。見ないように、感じないようになったら痛みに耐えられているように映るかもしれないけど強くなったわけじゃないでしょうよと。

しかしだからといってね、なかなかそこまでのエネルギーはもてないし何が正しいのかもわからない。

「大人になると『しょうがない』という魔法の言葉を覚えてしまう」…これは織田裕二のドラマから。

「物事を『辛いから』という理由でやめるのは一番つまらない」…これは誰が言っていたんだっけな。ラジオのパーソナリティーの誰か。

どの言葉も好きですけど、もうひとつの言葉に「逃げりゃいいんだよ」というのもあります。

辛いときは逃げるのも大事だと思うんです。自分を守る都合の良い言葉だから好きっていう面もかなりあるでしょうけど、何かとても重要な部分を貫いているという感じはします。

うーん、何を言いたかったんだっけ。

そう、忘れちゃいけないことがいっぱいあって、些細なことにバカみたいに喜んだり悲しんだり、なりふり構わず叫んだり、「しょうがない」じゃなくてやれるとこまでやったり、辛いからなんて理由でやめないで頑張ったり、してみるんだけれども、とっても悲しくなったら逃げてみたりして、そうして生きていくんだなと。

なんかこんなに生っぽい内容を書くつもりじゃなかった。気分変えよう。



そうそう、遅ればせながらとはいえ新年一発目の記事なら一応言ったほうがいいですよね。

明けましておめで……あっそうそう、NHKの番組で思い出しましたけど、この前久しぶりに「NHKへようこそ」(っていう漫画)を読み返しました。

なんだかよくわからなくなって途中で買うのをやめていたんですけど、改めて読んだら非常に面白かったなぁ。

あれは人生の薬になる漫画ですね。

続き買いたいけど、勉強とかあるしな。今は我慢。


というわけで明けまして……はっそうだ、この前PSPを手に入れる夢見たんだった。

僕、欲しいモノを手に入れる夢というのも時々見るんですけど(といってもPSPは特に欲しいと思ったことないですけど)例え幻想でもあの瞬間は嬉しいんですよねぇ。特に欲しかったわけじゃない分起きた時の「夢かよ…」っていうガッカリ感はなくて「お得感」だけだったし。せっかく景気の良い夢を見たのに忘れるところだった。危ない危ない。


てなわけで明けましておめ……あっ今目の前のカップを見て思い出したオススメ情報なんですけど、ネスカフェのカフェラッテって結構おいしいですよ。

http://jp.nescafe.com/product/mix/homecafe/homecafe.asp

この前なんとなく買ったんですけど、イメージ写真の通り結構泡だって楽しいし、お湯を注ぐだけで作れるわりにミルク感もありますし、甘いけどそんなに甘すぎることはなくちょっと軽いお楽しみ感覚で飲むにはいいです。

エクセラを安いときに買うのに比べて割高感がないわけではないことは確かですけど、ミルクとか用意しなくて済むしまぁ缶コーヒーとか買うよりは。

今サイト見たら他にも色々ラッテがあるみたいですね。そのうち飲んでみたいなぁ。なんか色んな種類の飲み物を試してみるって楽しそうでいいじゃあないですか。


ということで、新年明けまして……参ったね。そうだ、参ってるんだ。

やっぱり一応くりぃむしちゅーのオールナイトが終わったことには触れざるを得ないでしょうねぇ。えぇ。生で聴いてましたよ。

とにかく「終わっちゃったか」の一言です。

何故か「また戻ってきてくれる」ってどっかで確信してた(信じたかった?)ので特に悲しいって気持ちにはなりませんでしたが

現実的に考えるとかなり厳しいだろうなぁ。

今でも過去の放送を毎日聴いてますよ。そして毎日笑っていますよ。なんであんなに面白いのかの説明は上手くできないけれど、とにかく「良い」んでしょうね。僕にとって。

これでもうラジオを捨てられます。他には聴く番組がないもの。



そんなもんでとりあえず書きたいと思ったことは全部書いたかなぁ。

それにしてもひどい内容だ。

さっき思ったこと。

「議論というものはどのように行うべきか」についての議論はどうすりゃいいんでしょう?



YouTubeを見てて、コメント欄に外人さんのコメントを見つけたんですけど、そこに書いてあった

「ミスは気にするな。ミスをしない唯一の人間は何もしない人間だ」

というのを見て、まぁホント使い古されたような名言でしょうが

今更見て今更ちょっと勇気付けられました。

恥ずかしいのは頑張って変なダンス踊った結果なんだから恥ずかしくない、というのにも通じるかと。



ぼんやり思うのが、世の中の議論には量というか程度の話をすっ飛ばしたのが結構多いのかなぁと。

極論というか、あるテーマはTRUEかFALSEかで言い切れるのが望ましくて強引にでもそう整理しようとしていることが多い気が。確かにそのほうが響きはスッキリするけれども。

ある程度しかわからないことをある程度しかわからないこととして扱うのがもしかしたら苦手なのかもしれない。

前述のコメントを引っ張るなら「完璧な人間はいない」はそれ自体は正しくても、ミスをしていい言い訳になるのとは話が違って。そのように生きていかざるを得ないということだけれどもミスがいけないことは変わらない。だからミスだ。これは程度というか適用の仕方の問題ですが。

「専門家の意見が必ずしも正しいわけではない」も正しいでしょう。でもだからといって「専門家に意見を聞いてもしょうがない」とか「真実は闇の中で何も信じられない」ってなるべきじゃぁないはず。必ずしも正しいわけではなくて、でもその道に精通した人間としての説得力がある程度あるはずで、それは一般的な知識や経験則からある程度推定できるはずだし、ある程度説得力があるものはある程度説得力があるなりの扱い方ができるはず。

20%確からしいのか30%確からしいのかの判断は難しくても、10%と90%くらい違うのがわかるような場面もあります。「ある程度」のもやもや感から逃げずにちゃんとどのくらいかを見極める努力を続けることは大事なんじゃないですかねぇ。


あと、あれ、先日もテレビで誰かが言っていたけれど、「結論がどちらであるにせよ言説を無批判に受け入れるな」というやつ。

思考法がどうたらとかいう文庫本でも読んだら書いてある基本的なことですけど、日本人の感覚からするとあれもちょっとズレちゃってるのかなと。

ある意見をそのまま受け入れずに逆から噛み付いたり検証したりすると、素直じゃないとか理屈っぽいとか疑り深いとか(意見を言っている人と)敵対的だとか取られかねないような空気を感じますね。

でも、自分が関わる議論(議論なんて言い方しない日常の物事でも)について多角的に考えて検証をするというのは非常に誠実で責任を持った態度。

「Aである」に対して「Aじゃないんじゃないか」から考えて、結果がやっぱりAだったなら当初の論に太鼓判を押せばいいという話。最初から「Aである」「そうだそうだ!」じゃ強い支持にもならない。友好的に見えるだけで。

まぁ議論に対する見解に関係なく、立場が対立している人間の発言なら否定的に見て身内の発言なら肯定的に見るっていうのがなんとなく人情ですからねぇ。そこを冷静にならないと。

自分としてはなんでもかんでも肯定的に捉えるのが身内を思いやった態度とは思えないし無責任だと思います。

議論における批判と人間的な対立とは全く関係ないということを実感として理解するには経験が必要なのかもしれません。日本人は反論されると感情的になるとも言うし。

肯定することと否定することに価値の違いというものは全くない、という言い方もできますかね。肯定は逆から見れば否定だし否定も逆から見れば肯定……ただそれだけ、と。



年内最後の記事になるかというのになんちゅーひどい記事だ。まぁある意味今年っぽいかもしれません。

このようにグダグダとよくわからん恥ずかしいことを書いては「俺ってちょっとものを考えてる?」という気分とほんの軽い自己満足に浸って時間を潰すのです。


日付変わればくりぃむしちゅー上田に「2008年今日まで~」って言って欲しいですね。

それではみなさん良いお年を。

2008年は…


・学校が統合・移転したがなんとかやっていけている

・遠距離の彼女とわりと多くデートができた

・これまでになく論理や科学的な思考について考えた

・上記に伴い読書ブーム到来。人生で最も本を読んだ年だった

・体の具合もわりとよくなった(原因は不明)


振り返ってみると長かったのかなんだったのかはよくわからない。

でも春に新しい学校に行ったりしたのはもうあんまり記憶にないな。

そうそう、夏はあまりの暑さに頭痛になりながら学校に歩いていたっけ。


まぁ中学時代の不登校でぐだぐだしてた頃とか体が悪くてただ寝続けてたときに比べれば悪い年だったとは思わないけれど

「ちゃんとした人間になろう・恥ずかしいことや辛いことを買ってでもやろう」キャンペーンは全然ダメだったな。

勉強ももっとしないと。