【過去】
僕がまだ小学生の頃の話だが
母が玄関先で今日も無事に帰ってと父に言う,
父は母の髪がぐしゃぐしゃになるまで撫で
行ってきますと言い仕事に行く.
父が行ってきます,ただいまと言うのは母だけだったと
記憶している.
夜20:00を過ぎた頃に父が帰宅していなければ
母はソワソワし始めソファーに座り父が飲むための
珈琲の豆を挽き始める,その時の母の目は充血していた.
父が帰宅した途端に悪態をつき始め父を困らせるが
父は意に介すことはなかった.
朝は決まって母はソファーで眠っていて父はキッチン
というには縁遠い場所で朝食を作っていた.
時折は父も眠っていて母は父の膝枕で眠っていた.
父の休日はもっと忙しい.
父は自分の休日に母を動かすことは絶対にしなかった.
料理も洗濯も掃除も全て父がしていた.
母はと言えばソファーで珈琲を飲みながら眺めていた.
父の作る料理が出来上がる頃、母はふらりとキッチンに
行き味見をするだけだった.
その頃、僕はささやかな反抗期を迎えていて
学校も休みがちだったのでよく見ていた.
或る日、せっかくの休日に休ませてあげないの?と
文句にも近い疑問を投げた.
その時は母も父も何も言わなかったが,その日の夜は必ず
風呂に誘われた.
俺の休みが不規則だから休日は好きでやらせて貰ってる
母さんに酷い言い方をするな,母さんは休みなくみんなの
ことを考え家事をこなしている,母さんが病気になって
一番困るのはみんなじゃないのか?それとも俺の食事は
食べたくないか?と聞かれることがあった.
そんな話をされたと兄に伝えると兄も母に疑問を投げる.
どうしてなのか兄だけはボコられていた.
僕が中学生の頃だったと記憶しているが僕と兄は
地元で進学をし家族と離れて暮らしていたのだが
母から連絡がくる度にお父さんはとても線が細い人で
譲らない所はあるけれど優しく暖かい人だと耳にタコが
出来るほど聞かされた.
その頃の僕はささやか反抗期もエスカレートしていて
何でも父任せにしておいて文句を言える立場なのか?と
思っていたのは言うまでもないことだった.
【現在】
母が亡くなり父の第二の人生が少しづつ始まった.
ゆっくりではあるが着実に前進しているように見える.
僕と兄の人生もどうにか動き出したように見える.
僕は学生時代から父の意に介さない態度や頑固さ
自分軸とゆうものを真似てきた,かなり痛い思いも
したが現在は滞りなく前進してるように思う.
兄は不仲真っ只中を前進しているようで
生気の無い顔で毎日を過ごしている.
兄は家族の中で一番柔らかな人だと思う.
禁煙など一生しないと話していたが末妹の
体を壊すよという言葉一つで禁煙を始めるほどだ.
本来であれば妻子が話して初めてとゆうのが既定路線
だと思うが妻子に言われても辞めず末妹に言われて
速攻禁煙を始めるとゆう少し風変わりな人だ.
僕の中での父は強く厳しく優しい人.
兄は父と家族のクッションになってくれる人.
だと思っている.
今日,兄は常勤から非常勤への変更願を出した.
勿論直ぐに決まるわけではない.
最終判断は上司でもある父に委ねられることに
なると思うと通告されていた.
僕は子供を引取り一人でやっていくことを
選んだかと思ったがそうでもないらしい.
兄も副業をする為の非常勤なのだろうか?
僕には兄の考えが想像もつかない,
ただ父の顔は想像がつく.
恐ろしくて帰りたくないが父の体調の方が心配なので
牛歩並みの遅さでも帰宅しようとしているが心が重い.
隣に居る兄は更衣室の椅子から全く動こうともしない.
石のように微動だにせず,
こうなると兄が何をしたかったのかが分からない.
久しぶりに烈火のごとくキレる父を見たかったのだろうか?
こんなことをしなくても想像するだけで身震いは出来る.
兄もかなり帰宅を躊躇っているようだが自宅に戻りたく
ないのか顔面骨折がこわいのかも分からない.
面倒なので早く離婚して欲しいと思う.
