ライダースジャケットを着る人生
古着として1930、40年代のレザージャケットが今も流通している。
そう考えるとレザージャケットは80、.90年間は消滅せずに着用可能な、
おそらく持ち主より永い命を与えられた、稀有な服と言えるだろう。
俺の作ったジャケットも
俺がこの世から跡形もなく消えた後も
どこかに存在してるんじゃないかと思う。
自分も今着てるライダースが、数十年後
巡り巡っていつかどこかで誰かが着ていたりするのだろうか。
近い将来、バイクにも乗らなくなったとしても、
自分の人生で最後にこのジャケットに袖を通す日が必ず来る。
もしバイクに乗り続けているならば、バイクの事故死亡率の高さから
ライダースジャケットが人生最後の日に着る服になる確率は高いと思う。
自分もバイク乗るので、仲間でありお客さんでもある人達も
今まで何人か亡くなってしまった。
ある仲間はライダースが完成し、渡して、
冬から着るのを楽しみしてたのに、とうとう着ずにして、
スクーターで近所を走行中の事故で逝ってしまった。
オーダーされて初めてうちで採用した、厚手で丈夫なレザーを使って、
脊椎や肘などにもパッドを内蔵させた特別仕様だった。
きっとほぼ新品のまま仕舞われているだろう。
ある仲間は、バイクに乗る時は勿論、車でも、冬でも夏でも
いつもいつも、それこそ、
この人寝てる時もこれ着てるんじゃないか?
と思う事もあった。
そしてめちゃくちゃ似合っていた、恰好良い男。
もちろん人生最後の日にも着ていた。
大事故。
救急隊が脱がせるためにハサミで切り裂いたジャケット。
警察から戻されたレザージャケをごく親しい方が
元に戻して欲しいと持ってきて、直した。
直し終わって血で赤く染まったミシンを見て
あらためてニュースで観た事故の凄まじさを感じた。
今も親しい方が保存してくれている。
でも彼は最期の瞬間までバイクが楽しいと思っていたに違いない。
ある若い仲間、
彼が人生最後の蒸し暑い日に
季節外れのうちのライダースジャケットに袖を通してバイクに乗った。
その時彼はどう思ったのか。
真夜中の暗い闇を覗き込みながら、
彼は何を見て何を思ったんだろう。
衝撃の後、何を観て何を思ったんだろう。
そしてうたかたと共に苦しみは振り切ったのかな。
そのレザジャケは大切に飾ってくれるらしいから、
巡り巡って70年後くらいに古着屋に流れて
街の若者が着てたりしてね。
言葉が悪いのでここから先は誰も読まなくていいけど、
生きる理由とか幸せとか語るのも勿論、人それぞれの感じ方だけど、
俺は昔から人生というものはクソ貯めだと思っている。
この世に生まれてこようと思って生まれてきた人間なんてだれひとりとして存在しないし、
生きる意味、などという崇高なものは何も無いんだと思う。
正確に言うとそばに居る人間からすると
その人が居てくれるだけでうれしい、居て欲しいと思ったりするものだと思うので、
自分以外からすると生きる意味、
存在意義があったりするんだろうけど。
息を止めると苦しいから自然に呼吸して腹が減るから何か食って、
それが生きるって事だと俺は思う。
そう思うと何故自分は苦しいんだとか
幸せじゃないんだとか無意味な事感じなくて済む、
クソ貯めに幸せなんか在りはしない。
そんなどっぷりクソ貯めの漬け日々の中でもがきながら、
ごくごくまれに一瞬楽しい瞬間があったり、無かったり。
頑張るのも逃げるのも自由
悩むのも悩まないのも自由
生きようともがくのも、死ぬのも自由。
バイクも自由、
そう考えると少しは気楽に生きられるよね。

