宅建主任の試験の合格証書が届いたので、主任者登録申請にあたふた走り回った。
自身で記入・押印しなければいけない書式は一通り申請の手引きと合わせて証書に同封されてきたので、手引きに則り記入をする。
しかし、そこには各種コード番号を記入せねばならず、それは管轄の担当部署に行って、そこの窓口で確認してくれとのことだった。
で、この『とにかく詳細は管轄の窓口で確認してくれ』というポイントが意外と多い。
証明書交付までの日数も都道府県でかなり違いがあるみたいで、これも『窓口で』とのこと。
ちなみに私の地域の申請窓口は、後志支庁の建設指導課の担当主査。
この他にも住民票や自身が欠格事由に該当していないことを証明する書類(精神的疾患等でしっかりとした判断が出来ない状態ではないか?とか、破産してないか?とか)を発行してもらいに町の役場に行ったり、法務局に行ったり、銀行でけっこう高額の収入証紙を買ったりとバタバタ町の中を走り回ることに。
出来れば1日でも早く主任者としての業務にあたってほしいボス=我が父のことも気遣い、とにかく申請を早く済ませてしまいたかった。
写真もOK、証紙も用意完了。役場でとるべき書類を全てゲットし、残るは法務局で発行してもらう証明書類をゲットして、申請窓口に行き、聞くべき事項を聞き、それを記入する書類を完成させたら無事申請終了!というところで問題発生。
まずは法務局の支所でのこと。
ここでは“登記されていないことの証明書”という、ザックリ言うと『この人は精神疾患を患っていません』という証明書を発行してもらうのだけれども、それはここらでは札幌の法務局に行って発行してもらうか、申請書類を郵送して発行したものを送り返してもらうしかないことが判明。(北海道では、函館・札幌・旭川・釧路の4箇所でしかもらえないのです)
いずれにしても申請書をもらうと、担当者が『この時期になるとこの証明書を申請する人が多くなるんですけど、そんな時期なんでしょうか?』と微妙にわけのわからない質問を投げかけてきた。
『宅建主任の登録申請にはこの書類が必要で、ちょうどこの時期に試験の合格発表があって、申請が出来るようになるんですよ』と説明。
担当者は『はぁ~』なんて納得してたけれど、この書類が義務化されてもう数年経過してるんですよ。もっと早くわかっておきましょうよ・・・と苦笑い。
最後に必要な書類はゲット出来なかったけれど、それ以外の部分を完璧にしておこうと、支庁の建設指導課へ行くことに。
対応してくれたのは同じ課でも担当者ではない女性で、あいにく担当者が休みで申請書類を預かることしか出来ないと言う。
つまり教えてほしいコード番号もわからず、記入方法で不明瞭だったところもアドバイスもらえないので、全く用をなさない状態。
もっと言うと、合格証書はコピーを渡すと共にその場でオリジナルの提出が必要で、その確認もしてもらえないのだから、どうあっても何も出来ない状態なのだ。
担当者は1人で、あとは誰も何もわからないの一点張り。
対応してくれている女性以外にも職員は同じ課に何人もいるのに、誰もノーリアクション。
月曜日の午前中なら担当者がいるとのこと。
午後からは出張なのだとか。
状況によっては月曜日の朝、札幌の法務局で唯一残っている書類をとって速攻引き返してくるか・・・とか考えて、『11時ならいますか?』と聞くと、11時からいなくなることになっているとのこと。
火曜日は引き続き出張。
水曜日ならいますという。
『水曜日ならいいんですね?』と念押しすると、いつ出張が入るかわからないので、まずは電話をくれという。
何でその人以外だれも対処出来ないんだろう?
『もしその人が風邪で欠勤したら、その間も対処できないですよねぇ』と突っ込むと、対応してくれている女性も無言になる。
もしその人が不慮の事故にでも遭遇したら、その人の担っていた仕事は壊滅状態ではないか。
全くリスクマネージメントが出来ていないじゃん。
もしその時はその時で誰かが何とかすると言うのなら、普段からそうしておいてほしいものだ。
これでは課とか部署での対応とは呼べないではないか。
これでは、たとえタイミングよく申請できたとしても、その人の仕事のキャパだったり所用の入り具合で処理がいかようにでも遅くなる。
処理にかかる日数が都道府県によってマチマチなのではなく、担当者によってマチマチなのではないかという気がしてくる。
そもそもその対応は、受理してやってる的で極めて典型的な公務員気質丸出しで、それこそが常々悪しきものとして指摘されてきているものなのではないのか。
法務局への申請は郵送で行うことを決め、支庁の建設指導課には水曜日以降に再訪することにして、庁舎を後にしてきたが、これでは無能と誹りを受けてもしかたあるまい。
今日の午後、とある用事で久しぶりにグランヒラフスキー場へ。
用事を済ませ、もうすぐ引き渡しとなる大型宿泊施設と、もうすぐオープンとなる予定のレストランの両建物を外から覗きにちょっと寄り道。
新築となる建物はだいたい羊蹄山に向かって大きく窓がとられている。
東窓。
ひらふエリアの建物は窓を東(羊蹄山)に向けるか、西(ニセコアンヌプリ)に向けるかがほとんど。
南向きは羊蹄山とアンヌプリの間を抜け特に眺めるべき風景がない。極論だけれど。
で、道道343号線を挟んで東側なら羊蹄山まで特に邪魔物に視界を妨げられるリスクが減るが、西側に建てると途端に電線が邪魔になる。
ペンション街は別ね。建物が混み合っていて、条件がよくなければ羊蹄山もアンヌプリも楽しめない。
それはともかく。
見に行った大型施設もレストランも件の道路の西側に位置している。
大型施設は旧アルペンゲレンデの交通リフト横に位置しており、いわゆるスキーイン・スキーアウトの建物。
コンドミニアムとホテルが一つの建物の中に併設(?)されているのだそうだ。

レストランはゲレンデからやや離れた、樺山という地区に建てられている。
どうしてここなんだろう?とも思ってしまう立地だが、運営側にはそれなりの勝算があるのだろう。

いずれにしても両施設ともに和風か欧風かと言われれば、間違いなく欧風な建物であると言える。
このような建物が建設されていく、居酒屋とラーメン屋くらいしか目立たなかったこの地域の食サービスに、いわゆる“ダイニング”がしっかり根付いていく、というのは個人的にとても嬉しい限りである。
陳腐な建物しかない観光地かお洒落な建物が建ち並ぶ観光地かみたいな、きわどい二者択一をするのなら、やっぱり貧乏くさくない方を選びたいもの。
ただ今のこのエリアでは、建物が素敵であるが故に、エリアの陳腐な部分が浮き出されてしまうような気さえしてしまう。
地域のグランドデザインをしっかりしないと、こんな風にアンバランスさが残ってしまうんだといういいお手本かもしれない。
画像をいくつか撮った。
電線が邪魔だ。
窓からの風景としても、この電線がない方がよっぽどよい。
グランヒラフのメイン通りとなる、ヒラフ坂はこれから電線の地中埋設がはじまるとのこと。
出来れば343沿いも早急に進めてくれればいいのにと思う。
そんなことを考えたときにふっと別の風景が脳裏をよぎった。
先日の金沢訪問で見た風景。

昭和の古くも懐かしさこみ上げるような風景。
路地奥の商店。
こんな風景では電線もその一部で、なかなかいい味を出しているように感じる。
電線には雀がとまり、チュンチュンと鳴いていて、まだほとんど車通りのない道で親父と楽しんだキャッチボール・・・
電線ってある意味において昭和の復興とか繁栄のシンボルだったのかもしれない。
知り合いの北電マンが、電線の地中埋設の要望が相次ぐことをさして、『まるで電線が邪魔者扱いだ。じゃぁ、電線がなけりゃいいのか?って、電気がなくてもいいのか?って言いたくもなるよ』と愚痴っていたのを思い出す。
重要なもの、プライオリティーの順位付けは、時流によって変わってしまうし、僕自身、自宅の窓の向こうで羊蹄山の前を横切る電線を疎ましく感じるけれど、その電線が僕らの生活を支えてきたのも確かなんだよなぁ・・・とも思う。
鞆の浦の一件もそうだけれど、生活の利便性と風景の両立こそが本当の豊かさなのかもしれないなぁと感じた。
これからの“成熟”の時代においては、コストとか効率とかを凌駕してこのことを考えるべきだと、僕はそう思う。
用事を済ませ、もうすぐ引き渡しとなる大型宿泊施設と、もうすぐオープンとなる予定のレストランの両建物を外から覗きにちょっと寄り道。
新築となる建物はだいたい羊蹄山に向かって大きく窓がとられている。
東窓。
ひらふエリアの建物は窓を東(羊蹄山)に向けるか、西(ニセコアンヌプリ)に向けるかがほとんど。
南向きは羊蹄山とアンヌプリの間を抜け特に眺めるべき風景がない。極論だけれど。
で、道道343号線を挟んで東側なら羊蹄山まで特に邪魔物に視界を妨げられるリスクが減るが、西側に建てると途端に電線が邪魔になる。
ペンション街は別ね。建物が混み合っていて、条件がよくなければ羊蹄山もアンヌプリも楽しめない。
それはともかく。
見に行った大型施設もレストランも件の道路の西側に位置している。
大型施設は旧アルペンゲレンデの交通リフト横に位置しており、いわゆるスキーイン・スキーアウトの建物。
コンドミニアムとホテルが一つの建物の中に併設(?)されているのだそうだ。

レストランはゲレンデからやや離れた、樺山という地区に建てられている。
どうしてここなんだろう?とも思ってしまう立地だが、運営側にはそれなりの勝算があるのだろう。

いずれにしても両施設ともに和風か欧風かと言われれば、間違いなく欧風な建物であると言える。
このような建物が建設されていく、居酒屋とラーメン屋くらいしか目立たなかったこの地域の食サービスに、いわゆる“ダイニング”がしっかり根付いていく、というのは個人的にとても嬉しい限りである。
陳腐な建物しかない観光地かお洒落な建物が建ち並ぶ観光地かみたいな、きわどい二者択一をするのなら、やっぱり貧乏くさくない方を選びたいもの。
ただ今のこのエリアでは、建物が素敵であるが故に、エリアの陳腐な部分が浮き出されてしまうような気さえしてしまう。
地域のグランドデザインをしっかりしないと、こんな風にアンバランスさが残ってしまうんだといういいお手本かもしれない。
画像をいくつか撮った。
電線が邪魔だ。
窓からの風景としても、この電線がない方がよっぽどよい。
グランヒラフのメイン通りとなる、ヒラフ坂はこれから電線の地中埋設がはじまるとのこと。
出来れば343沿いも早急に進めてくれればいいのにと思う。
そんなことを考えたときにふっと別の風景が脳裏をよぎった。
先日の金沢訪問で見た風景。

昭和の古くも懐かしさこみ上げるような風景。
路地奥の商店。
こんな風景では電線もその一部で、なかなかいい味を出しているように感じる。
電線には雀がとまり、チュンチュンと鳴いていて、まだほとんど車通りのない道で親父と楽しんだキャッチボール・・・
電線ってある意味において昭和の復興とか繁栄のシンボルだったのかもしれない。
知り合いの北電マンが、電線の地中埋設の要望が相次ぐことをさして、『まるで電線が邪魔者扱いだ。じゃぁ、電線がなけりゃいいのか?って、電気がなくてもいいのか?って言いたくもなるよ』と愚痴っていたのを思い出す。
重要なもの、プライオリティーの順位付けは、時流によって変わってしまうし、僕自身、自宅の窓の向こうで羊蹄山の前を横切る電線を疎ましく感じるけれど、その電線が僕らの生活を支えてきたのも確かなんだよなぁ・・・とも思う。
鞆の浦の一件もそうだけれど、生活の利便性と風景の両立こそが本当の豊かさなのかもしれないなぁと感じた。
これからの“成熟”の時代においては、コストとか効率とかを凌駕してこのことを考えるべきだと、僕はそう思う。
ブランド総研が毎年発表している“地域ブランド調査”の2009年版が発表となり、堂々と1位の座に輝いたのは函館市ということで、先般函館市でその結果に関わるというか踏まえたというかフォーラムが行われていた。
そのフォーラムが行われたことは11月25日付け道新の記事で知ったのだけれど、詳細は30日の紙面でということだったので、本日早速読んでみた。
函館の観光関係者からは、その華々しい(?)結果と裏腹に入域観光客が減っているのはなぜだという問いかけがなされていたが、同時に市長から、観光はどこもこの不況下で打撃を受けているとか、現状の航空行政は地方空港にとっては不利である等の認識が示され、そこに対する検証や反論が記事となっていないところを見ると、その点については深い議論が(時間の関係からか、その為の資料がなかったためか)なされなかったのだろうと推測している。
いずれにしても、勝って兜の緒を締めよ的な言葉と、新幹線がつながったら東北からお客を呼ぶぞ的な意見で記事は締めくくられていた印象が残った。
でもちょっと待ったと言いたい。
ブランド総研の発表だけでは掘り下げた分析が出来ないが、(彼らはこの結果を自治体等に売ることで利益を上げているので、サイト上ではザックリとしか発表しないのだ。当たり前なのだけれど)函館が魅力的だ観光してみたいと感じている人が多い一方で、情報接触度、認知度、居住意欲度がランク外なのはどういうことだろう。
訪問率ランキングには人口の多いところが軒並みランクインしているので考察の役には立たないと思うが、以上のことから思うに、函館の“よい”イメージが一人歩きしているのではないのだろうか。
つまり、あまり情報に触れずに、よく函館の実情を理解していないから住もうとまでは思わないが、遊びにはいってみたい・・・という人によって今回の結果が生み出されたと仮説立て出来ないだろうか?
函館観光のリピート率はよくわからない。(調べても数値が出てこない)
記事上の市長の発言からは、いまだに新規顧客をいかに呼び込むかという思惑が透けて見える。
ちょっと想像してみてほしい、女の子を(あなたが女性なら男の子を)紹介すると言われたとき、『可愛い子だから(かっこいい人だから)』とさんざんすり込まされた挙げ句に紹介された女性(男性)が、自分が思っていたほどには可愛い(かっこいい)人ではなかった場合のことを。
そのイメージと実際の人との落差が大きかったら、たとえ紹介された人が傍目には決して悪い容姿ではなかったとしても、あなたの落胆ぶりは大きくなるし、『たいしたことのない人を紹介された』という結論に至りやすくはならないだろうか。
私は函館が好きである。
リピート率は比較的高い方だと思っている。
それでも今の函館観光は決して成熟しているとは思えないし、『こうしたらいいのに』という想いは強い。
具体的な事柄はここでは述べないけれど。
リピーターの波及経済効果は新規客のそれとくらべ4倍との調査結果がある。
つまり、新規客をいかにリピーター化するかが観光地の大命題の一つと言っても過言ではないだろう。
リピーターを創出するには、当然新規顧客に深い満足と感動を与えなければいけない。
だからその第一段階として函館市長が新規顧客の獲得を目指すのを批判するつもりはない。
しかし、それはあくまでもその新規顧客をリピーター化させる動きと対で考えるべき事柄だ。
今の函館の現状は、はたしてリピーター創出にいかほどの効果をもたらしているだろうか?
そして、これからどのようにしてリピーター創出に向けたアクションを起こすつもりなのだろうか?
そこが見えてこない。
函館観光は『魅力的に思えたから行ってみたけれど、一度行ったからそれでいいわ』になっていないだろうか?
『行ってみたけれど、たいした場所ではなかったよ』になってはいないだろうか?
それを知るには、キチンとしたデータの集積と分析が必要だ。
函館はそれに注力していない。
でもそこに気が付き、何らかのアクションを起こす機運が高まれば、しっかりとした事業を行うことが出来れば、函館は札幌なんか足元にも及ばない素晴らしい観光地になると私は信じて疑わない。
がんばれ函館!
さて、次はいつ行こうかなぁ。
そのフォーラムが行われたことは11月25日付け道新の記事で知ったのだけれど、詳細は30日の紙面でということだったので、本日早速読んでみた。
函館の観光関係者からは、その華々しい(?)結果と裏腹に入域観光客が減っているのはなぜだという問いかけがなされていたが、同時に市長から、観光はどこもこの不況下で打撃を受けているとか、現状の航空行政は地方空港にとっては不利である等の認識が示され、そこに対する検証や反論が記事となっていないところを見ると、その点については深い議論が(時間の関係からか、その為の資料がなかったためか)なされなかったのだろうと推測している。
いずれにしても、勝って兜の緒を締めよ的な言葉と、新幹線がつながったら東北からお客を呼ぶぞ的な意見で記事は締めくくられていた印象が残った。
でもちょっと待ったと言いたい。
ブランド総研の発表だけでは掘り下げた分析が出来ないが、(彼らはこの結果を自治体等に売ることで利益を上げているので、サイト上ではザックリとしか発表しないのだ。当たり前なのだけれど)函館が魅力的だ観光してみたいと感じている人が多い一方で、情報接触度、認知度、居住意欲度がランク外なのはどういうことだろう。
訪問率ランキングには人口の多いところが軒並みランクインしているので考察の役には立たないと思うが、以上のことから思うに、函館の“よい”イメージが一人歩きしているのではないのだろうか。
つまり、あまり情報に触れずに、よく函館の実情を理解していないから住もうとまでは思わないが、遊びにはいってみたい・・・という人によって今回の結果が生み出されたと仮説立て出来ないだろうか?
函館観光のリピート率はよくわからない。(調べても数値が出てこない)
記事上の市長の発言からは、いまだに新規顧客をいかに呼び込むかという思惑が透けて見える。
ちょっと想像してみてほしい、女の子を(あなたが女性なら男の子を)紹介すると言われたとき、『可愛い子だから(かっこいい人だから)』とさんざんすり込まされた挙げ句に紹介された女性(男性)が、自分が思っていたほどには可愛い(かっこいい)人ではなかった場合のことを。
そのイメージと実際の人との落差が大きかったら、たとえ紹介された人が傍目には決して悪い容姿ではなかったとしても、あなたの落胆ぶりは大きくなるし、『たいしたことのない人を紹介された』という結論に至りやすくはならないだろうか。
私は函館が好きである。
リピート率は比較的高い方だと思っている。
それでも今の函館観光は決して成熟しているとは思えないし、『こうしたらいいのに』という想いは強い。
具体的な事柄はここでは述べないけれど。
リピーターの波及経済効果は新規客のそれとくらべ4倍との調査結果がある。
つまり、新規客をいかにリピーター化するかが観光地の大命題の一つと言っても過言ではないだろう。
リピーターを創出するには、当然新規顧客に深い満足と感動を与えなければいけない。
だからその第一段階として函館市長が新規顧客の獲得を目指すのを批判するつもりはない。
しかし、それはあくまでもその新規顧客をリピーター化させる動きと対で考えるべき事柄だ。
今の函館の現状は、はたしてリピーター創出にいかほどの効果をもたらしているだろうか?
そして、これからどのようにしてリピーター創出に向けたアクションを起こすつもりなのだろうか?
そこが見えてこない。
函館観光は『魅力的に思えたから行ってみたけれど、一度行ったからそれでいいわ』になっていないだろうか?
『行ってみたけれど、たいした場所ではなかったよ』になってはいないだろうか?
それを知るには、キチンとしたデータの集積と分析が必要だ。
函館はそれに注力していない。
でもそこに気が付き、何らかのアクションを起こす機運が高まれば、しっかりとした事業を行うことが出来れば、函館は札幌なんか足元にも及ばない素晴らしい観光地になると私は信じて疑わない。
がんばれ函館!
さて、次はいつ行こうかなぁ。
現在、北海道では“北の観光リーダー育成セミナー”なる、グループを組みターゲットとなる地域のリサーチを行い、その地の魅力・強み等々を見出し、模擬的に着地型ツアーの商品造成を行い、プレゼンするというケーススタディを通じて地域の観光マネジメントを担う能力を身に着けてもらおうというセミナーが行われております。
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北海道での開催は昨年度からで、現在は2期生が受講中なわけですが、私は北海道1期生なのです。
で、その前身となるのは石川県において05年度~06年度に行われていた、石川県ツーリズムセミナー。その修了生で構成され、そのセミナーの後も継続的に様々なまちづくり事業を行っているのが石川ツーリズム研究会です。
そのいわば兄弟組織とも言うべき2セミナーの交流会が石川県サイドで行われ、その会に参加すべく1期生から私を含め3名、2期生から1名に北海道宝島旅行社のS社長が道庁の2名に引率され石川を訪問したわけです。
というわけで、その顛末をざっくりと。w
11/17 新千歳 - 小松 - 加賀 - 山代温泉
小松空港にて石川ツーリズム研究会の皆さん(石川県ツーリズムセミナー修了生、以下、石川グループという)にお出迎えいただく。
元石川グループのメンバーにして、現在北海道に深く関わっているKさんお手製のかなり内容の濃いガイドメモに従い、北前船の博物館(北前船を運航させていた豪商の元邸宅)、その博物館一帯の重要伝統的建造物群保存地区(通称:でんけん)、石川県九谷焼美術館を見学し、加賀市役所にて寺前加賀市長を表敬訪問の後、宿泊地である山代温泉は葉渡莉にチェックイン。夕食を兼ねた石川グループとの交流会第1弾を行い、広々とした男性陣客室で灼熱の2部へと突入した。
北前船博物館
Kさん作のガイドメモの内容はそんじょそこらのガイドブックよりも濃く面白かった。と言いつつ、僕がそれって何?と質問するたびに『それはガイドブックに載っています』と突っ込みを入れられていた・・・。
“でんけん”はとても風情のある街並みで、適度に細く緩やかに曲線を描きながら木々の奥へと続いていく道々は、ついついどこまでも歩き入ってしまいたくなる不思議な魅力があった。
でんけんの街並みの一部
北前船の博物館は特にガイドがいなく、主だった説明は要所要所にあるボックスのボタンを押し、そこから流れてくる音声に耳を傾けるようになっている。我々が訪れたタイミングでは他に観覧者もおらず、その音声に耳を傾けながら仲間と冗談を言い合うことも、その説明に驚嘆の声をもらすことも可能であったが、我々の退館にタイミングを合わせるように入ってきた団体にとってはその音声に耳を傾けることは困難であったろうと思った。また窓口においてチケット販売の責を担っていたおばちゃん2名にはあまり愛想がなかった点、物販コーナーの商品構成にも全く魅力が感じられなかった点については、展示物がなかなか魅力的であっただけに残念であった。(ガイドの重要性はその後に訪れる九谷焼美術館及び最終日の金沢市街地観光の時に改めて思い知らされることになった。)
九谷焼美術館では副館長が直々に案内をしてくださり、九谷焼の歴史や奥深さを展示品を通じて丁寧に説明してくださった。館内デザインもしっかりとしたコンセプトがあり、その点についてもしっかりとした説明を受けると参加者全員が目を輝かせて感動。その感動はそのままお土産購買意欲に直結したが、如何せんまだ旅の始め。器を買うのは自粛した。
表敬訪問で接見した加賀市長は観光学博士の肩書きを持っており、なかなか大胆な発想を披露する方ではあったが、学者らしく(?)ややシニカルに過ぎる部分をたぶんに持っている印象。
その後は一路、山代温泉へ。観光リーダー育成セミナーのSWOT分析の回に参加してくださったYさんの経営する温泉ホテルにチェックイン。夕食の膳を囲んで石川グループとの懇親会(前夜祭)スタート。観光という共通項でつながっている者同士と言うこともあったであろうが、そもそも子供の交流会ではないので、乾杯&名刺交換をそそくさと済ました後はビールや日本酒を差しつ差されつつ、観光やそれぞれの仕事の話しで盛り上がっていた。
11/18 山代温泉 - 金沢(石川県庁表敬訪問・石川グループとの意見交換会・着地型観光セミナー・懇親会)
朝、やや駆け足で山代温泉を後に。北海道組の多くは早朝から地元の方が通われる外湯を体験に行ったが、私はホテルのお風呂でのんびり。
昨晩温泉街への到着は当然ながら暗くなってからだったためよく見えなかったが、明るくなり温泉街の建物が見えてくると、その外観の例外ない老朽具合が目について来た。築年数15~20年程度とは思えないすすけ具合、錆の浮き具合は温泉特有の傷み具合なのだろうか。外観は直接的に収益に結びつくものではないだけに、改修のタイミングや規模に関してはそれぞれの経営者によって判断が分かれるところだとは思うが、では全体的な街並(建物群)がわびしい印象の温泉街が個人旅行の目的地となるとは考えにくいわけで、それがさらなる低価格化に拍車をかけかねない問題になるであろうと危惧してしまう。
加賀市内で石川・北海道双方のセミナーの座長でもあるS先生が移動の足であるジャンボタクシーに合流。金沢までは先生のガイドによって高速道路をひた走った。
加賀市街地から少し離れた新興地域に石川県の新庁舎はあり、バブリーにそびえる塔といった印象(県立○○と言った建物はおしなべてどれも豪華。非常に財政が豊かな印象である。さすが森☆朗のお膝元!と言うべきか)。東京都庁が現在の建物となったときに公務員就職希望者が急増した記憶があるが、石川県もそうだったのではないかと想像した。
県庁では総務部長、観光交流局長を表敬訪問。両県における人材育成セミナーの取り組み等について説明する。
県庁最上階の展望フロアから
急ぎ足でセミナー会場となる県立音楽堂へ向かい、石川グループとの交流会。北の観光リーダー養成セミナー、その前身となる石川県ツーリズムセミナー双方のセミナー開催状況とその後の取り組みについて説明しあう。
両セミナー最大の違いは、我々が複数の観光地を講師陣がリサーチしたものをベースにケーススタディーし着地型旅行プランを造成、発表したのに対し、石川ではリサーチから発表まで一貫して受講生が行った点といえる。石川グループはセミナー修了後もそのプロセスや構築したプランを生かし、住民の老齢化によって開催規模が縮小、存続が危ぶまれていたお祭に大学生などの若者を参加させ再興を図ったり、醤油の生産規模全国第5位ではあるが知名度のない地区へ産業観光ツアーを企画し観光客を案内したりすることで、卓上では終わらない発展・継続を見せており、この点は隣の芝生が青く見えるところであった。
そのように前進しようとするが故に、当然に悩みや問題も出てきており、後半は主にそれらの事柄について話し合われたが、いずれにせよ有意義な交流会であった。
午後からは今回のメインイベント、シンポジウム『着地型観光プログラムの開発と商品化』。前出の北海道宝島旅行社のS社長を講師に着地型ツアーについて講演する第1部、座長のS先生をコーディネーターに、S社長、小樽のKさん、石川県側から雑誌の編集長と石川県観光交流局交流政策課長の4名をパネリストに迎えての着地型ツアーに関するトークセッションの第2部からなるイベントである。
着地型ツアーの先進地である北海道から学ぼうというお題目で、集まった100名弱の聴衆は観光関連の組織へ告知を行い集まった方々だけあってほとんどが観光業関係者であったようだが、決して石川では着地型ツアーへの取り組みをしていないわけではなく、まだ小規模ながらもそれぞれの業者や組織が有償無償問わず取り組もうと試行錯誤・奮闘している様子が発言からうかがい知れた。
しかしながら中間管理職の悲しい性か個人の資質かは判断できないが、パネリストの1人であった課長の『県庁は公平さを保つのが大命題で、したがって観光業に特化した梃子入れはなかなか出来ない』等々の発言からはリテラシーの低さというか古きお役所体質というか、“役立たず”的な雰囲気が醸し出されており、そう言った面では歴史・文化と言うなかなか北海道が表現しにくい観光資源に溢れているように感じる石川県ではあっても、ハザードもそれなりにあるのだと感じた部分であった。
イベントが終了し、ホテルへチェックイン後は石川グループとの懇親会(本番)。午前の交流会から参加された石川メンバーも加わり、終始ほとんど同窓会ノリだったのが印象的だった。私はと言えば、お酒の場も2日目となるとなんだかよくわからなくなるのも早く、後から思い出せないことを熱く語っていたようで、石川グループの副会長にして県内ではかなり大手のタクシー会社の御曹司に、単なる不動産成金のバカ野郎かと思っていたが違っていたと言われたことしか印象に残っていない。爆笑
石川グループの会長にして、宿泊先ホテルの跡取り娘は、ただでさえ多忙な職務の合間を縫って週に1~2回、宿泊客に金沢市内の90分ガイドをしている。それが旅行業法に抵触するのではとの恐れから、移動交通費のみお客様実費負担で、ガイドは実質無料という内容であった。懇親会の場で事業化するべしとのお話しをS社長に頂いたことを踏まえて、翌日は実際にガイドを体験し、その内容に最低価格(この金額以下でツアー広告がなされていれば、内容に期待が持てない)と最高価格(これ以上の金額ではツアーへの参加意欲が失せる)の提示をそれぞれすることになった。
11/19 金沢市街地観光 - 帰路へ
いよいよ金沢市街地ツアーの始まり。ガイドの内容は本当に素晴らしく、それに比例してお土産の量も増えていく。もしガイディングがない状態で金沢の街を歩いても半分ほども楽しめなかったであろう。
こんな風景もどこか懐かしい
まさに小京都なたたずまい
途中、他のボランティアガイドに引率された子供達に出会う。聞けば地元学の一環とでも言うべき活動なのだと言う。そう言った活動を通じて郷土への愛着や誇りを養うのだろうな、そのことが歴史的価値のある建物や文化の継承に繋がるのだろうなと感じ入った。
余談ではあるが、地元住民のスキー場離れが進む昨今、富良野では観光協会が市民限定で無料ナイター券を発券する試みを始める。地元民が遊ばない、快く思わないものをどうして胸を張って観光客に勧めることが出来ようか。真に価値ある観光地創りとはこのような地元住民への啓蒙から始まるのではないかとこれらの事柄を見て感じた次第である。
昼食を終え、各々の提示した金額の発表へ。概ねボトムが500円~600円、トップが1500円~1600円と言う意見であったが、みなそんな金額には換算できないほどの満足を得たと感じていたのではないだろうか。
空港までの道すがら、運転手さんが気を利かして松井秀喜ミュージアムに車を寄せてくれたが、金沢市街地で本物にふれ満足感に浸る一行は、もうそんなミュージアムには全く興味を抱かなかった。笑
松井さんのミュージアム
新千歳空港で握手をして、来月12日の再会を約束し合い我々は解散したが、それぞれのやや疲れ気味の顔を見ていると、なんとはなく誰もが『石川って楽しかったね、よかったね』だけではない、少しだけ重たい何かを背負って帰ってきたような気がしたのは私だけだろうか。
以上
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北海道での開催は昨年度からで、現在は2期生が受講中なわけですが、私は北海道1期生なのです。
で、その前身となるのは石川県において05年度~06年度に行われていた、石川県ツーリズムセミナー。その修了生で構成され、そのセミナーの後も継続的に様々なまちづくり事業を行っているのが石川ツーリズム研究会です。
そのいわば兄弟組織とも言うべき2セミナーの交流会が石川県サイドで行われ、その会に参加すべく1期生から私を含め3名、2期生から1名に北海道宝島旅行社のS社長が道庁の2名に引率され石川を訪問したわけです。
というわけで、その顛末をざっくりと。w
11/17 新千歳 - 小松 - 加賀 - 山代温泉
小松空港にて石川ツーリズム研究会の皆さん(石川県ツーリズムセミナー修了生、以下、石川グループという)にお出迎えいただく。
元石川グループのメンバーにして、現在北海道に深く関わっているKさんお手製のかなり内容の濃いガイドメモに従い、北前船の博物館(北前船を運航させていた豪商の元邸宅)、その博物館一帯の重要伝統的建造物群保存地区(通称:でんけん)、石川県九谷焼美術館を見学し、加賀市役所にて寺前加賀市長を表敬訪問の後、宿泊地である山代温泉は葉渡莉にチェックイン。夕食を兼ねた石川グループとの交流会第1弾を行い、広々とした男性陣客室で灼熱の2部へと突入した。
北前船博物館Kさん作のガイドメモの内容はそんじょそこらのガイドブックよりも濃く面白かった。と言いつつ、僕がそれって何?と質問するたびに『それはガイドブックに載っています』と突っ込みを入れられていた・・・。
“でんけん”はとても風情のある街並みで、適度に細く緩やかに曲線を描きながら木々の奥へと続いていく道々は、ついついどこまでも歩き入ってしまいたくなる不思議な魅力があった。
でんけんの街並みの一部北前船の博物館は特にガイドがいなく、主だった説明は要所要所にあるボックスのボタンを押し、そこから流れてくる音声に耳を傾けるようになっている。我々が訪れたタイミングでは他に観覧者もおらず、その音声に耳を傾けながら仲間と冗談を言い合うことも、その説明に驚嘆の声をもらすことも可能であったが、我々の退館にタイミングを合わせるように入ってきた団体にとってはその音声に耳を傾けることは困難であったろうと思った。また窓口においてチケット販売の責を担っていたおばちゃん2名にはあまり愛想がなかった点、物販コーナーの商品構成にも全く魅力が感じられなかった点については、展示物がなかなか魅力的であっただけに残念であった。(ガイドの重要性はその後に訪れる九谷焼美術館及び最終日の金沢市街地観光の時に改めて思い知らされることになった。)
九谷焼美術館では副館長が直々に案内をしてくださり、九谷焼の歴史や奥深さを展示品を通じて丁寧に説明してくださった。館内デザインもしっかりとしたコンセプトがあり、その点についてもしっかりとした説明を受けると参加者全員が目を輝かせて感動。その感動はそのままお土産購買意欲に直結したが、如何せんまだ旅の始め。器を買うのは自粛した。
表敬訪問で接見した加賀市長は観光学博士の肩書きを持っており、なかなか大胆な発想を披露する方ではあったが、学者らしく(?)ややシニカルに過ぎる部分をたぶんに持っている印象。
その後は一路、山代温泉へ。観光リーダー育成セミナーのSWOT分析の回に参加してくださったYさんの経営する温泉ホテルにチェックイン。夕食の膳を囲んで石川グループとの懇親会(前夜祭)スタート。観光という共通項でつながっている者同士と言うこともあったであろうが、そもそも子供の交流会ではないので、乾杯&名刺交換をそそくさと済ました後はビールや日本酒を差しつ差されつつ、観光やそれぞれの仕事の話しで盛り上がっていた。
11/18 山代温泉 - 金沢(石川県庁表敬訪問・石川グループとの意見交換会・着地型観光セミナー・懇親会)
朝、やや駆け足で山代温泉を後に。北海道組の多くは早朝から地元の方が通われる外湯を体験に行ったが、私はホテルのお風呂でのんびり。
昨晩温泉街への到着は当然ながら暗くなってからだったためよく見えなかったが、明るくなり温泉街の建物が見えてくると、その外観の例外ない老朽具合が目について来た。築年数15~20年程度とは思えないすすけ具合、錆の浮き具合は温泉特有の傷み具合なのだろうか。外観は直接的に収益に結びつくものではないだけに、改修のタイミングや規模に関してはそれぞれの経営者によって判断が分かれるところだとは思うが、では全体的な街並(建物群)がわびしい印象の温泉街が個人旅行の目的地となるとは考えにくいわけで、それがさらなる低価格化に拍車をかけかねない問題になるであろうと危惧してしまう。
加賀市内で石川・北海道双方のセミナーの座長でもあるS先生が移動の足であるジャンボタクシーに合流。金沢までは先生のガイドによって高速道路をひた走った。
加賀市街地から少し離れた新興地域に石川県の新庁舎はあり、バブリーにそびえる塔といった印象(県立○○と言った建物はおしなべてどれも豪華。非常に財政が豊かな印象である。さすが森☆朗のお膝元!と言うべきか)。東京都庁が現在の建物となったときに公務員就職希望者が急増した記憶があるが、石川県もそうだったのではないかと想像した。
県庁では総務部長、観光交流局長を表敬訪問。両県における人材育成セミナーの取り組み等について説明する。
県庁最上階の展望フロアから急ぎ足でセミナー会場となる県立音楽堂へ向かい、石川グループとの交流会。北の観光リーダー養成セミナー、その前身となる石川県ツーリズムセミナー双方のセミナー開催状況とその後の取り組みについて説明しあう。
両セミナー最大の違いは、我々が複数の観光地を講師陣がリサーチしたものをベースにケーススタディーし着地型旅行プランを造成、発表したのに対し、石川ではリサーチから発表まで一貫して受講生が行った点といえる。石川グループはセミナー修了後もそのプロセスや構築したプランを生かし、住民の老齢化によって開催規模が縮小、存続が危ぶまれていたお祭に大学生などの若者を参加させ再興を図ったり、醤油の生産規模全国第5位ではあるが知名度のない地区へ産業観光ツアーを企画し観光客を案内したりすることで、卓上では終わらない発展・継続を見せており、この点は隣の芝生が青く見えるところであった。
そのように前進しようとするが故に、当然に悩みや問題も出てきており、後半は主にそれらの事柄について話し合われたが、いずれにせよ有意義な交流会であった。
午後からは今回のメインイベント、シンポジウム『着地型観光プログラムの開発と商品化』。前出の北海道宝島旅行社のS社長を講師に着地型ツアーについて講演する第1部、座長のS先生をコーディネーターに、S社長、小樽のKさん、石川県側から雑誌の編集長と石川県観光交流局交流政策課長の4名をパネリストに迎えての着地型ツアーに関するトークセッションの第2部からなるイベントである。
着地型ツアーの先進地である北海道から学ぼうというお題目で、集まった100名弱の聴衆は観光関連の組織へ告知を行い集まった方々だけあってほとんどが観光業関係者であったようだが、決して石川では着地型ツアーへの取り組みをしていないわけではなく、まだ小規模ながらもそれぞれの業者や組織が有償無償問わず取り組もうと試行錯誤・奮闘している様子が発言からうかがい知れた。
しかしながら中間管理職の悲しい性か個人の資質かは判断できないが、パネリストの1人であった課長の『県庁は公平さを保つのが大命題で、したがって観光業に特化した梃子入れはなかなか出来ない』等々の発言からはリテラシーの低さというか古きお役所体質というか、“役立たず”的な雰囲気が醸し出されており、そう言った面では歴史・文化と言うなかなか北海道が表現しにくい観光資源に溢れているように感じる石川県ではあっても、ハザードもそれなりにあるのだと感じた部分であった。
イベントが終了し、ホテルへチェックイン後は石川グループとの懇親会(本番)。午前の交流会から参加された石川メンバーも加わり、終始ほとんど同窓会ノリだったのが印象的だった。私はと言えば、お酒の場も2日目となるとなんだかよくわからなくなるのも早く、後から思い出せないことを熱く語っていたようで、石川グループの副会長にして県内ではかなり大手のタクシー会社の御曹司に、単なる不動産成金のバカ野郎かと思っていたが違っていたと言われたことしか印象に残っていない。爆笑
石川グループの会長にして、宿泊先ホテルの跡取り娘は、ただでさえ多忙な職務の合間を縫って週に1~2回、宿泊客に金沢市内の90分ガイドをしている。それが旅行業法に抵触するのではとの恐れから、移動交通費のみお客様実費負担で、ガイドは実質無料という内容であった。懇親会の場で事業化するべしとのお話しをS社長に頂いたことを踏まえて、翌日は実際にガイドを体験し、その内容に最低価格(この金額以下でツアー広告がなされていれば、内容に期待が持てない)と最高価格(これ以上の金額ではツアーへの参加意欲が失せる)の提示をそれぞれすることになった。
11/19 金沢市街地観光 - 帰路へ
いよいよ金沢市街地ツアーの始まり。ガイドの内容は本当に素晴らしく、それに比例してお土産の量も増えていく。もしガイディングがない状態で金沢の街を歩いても半分ほども楽しめなかったであろう。
こんな風景もどこか懐かしい
まさに小京都なたたずまい途中、他のボランティアガイドに引率された子供達に出会う。聞けば地元学の一環とでも言うべき活動なのだと言う。そう言った活動を通じて郷土への愛着や誇りを養うのだろうな、そのことが歴史的価値のある建物や文化の継承に繋がるのだろうなと感じ入った。
余談ではあるが、地元住民のスキー場離れが進む昨今、富良野では観光協会が市民限定で無料ナイター券を発券する試みを始める。地元民が遊ばない、快く思わないものをどうして胸を張って観光客に勧めることが出来ようか。真に価値ある観光地創りとはこのような地元住民への啓蒙から始まるのではないかとこれらの事柄を見て感じた次第である。
昼食を終え、各々の提示した金額の発表へ。概ねボトムが500円~600円、トップが1500円~1600円と言う意見であったが、みなそんな金額には換算できないほどの満足を得たと感じていたのではないだろうか。
空港までの道すがら、運転手さんが気を利かして松井秀喜ミュージアムに車を寄せてくれたが、金沢市街地で本物にふれ満足感に浸る一行は、もうそんなミュージアムには全く興味を抱かなかった。笑
松井さんのミュージアム新千歳空港で握手をして、来月12日の再会を約束し合い我々は解散したが、それぞれのやや疲れ気味の顔を見ていると、なんとはなく誰もが『石川って楽しかったね、よかったね』だけではない、少しだけ重たい何かを背負って帰ってきたような気がしたのは私だけだろうか。
以上
自分が選ぶ小選挙区の立候補者の氏名を記入し、自分が選ぶ比例代表の政党名を記入するわけですが・・・
その用紙の上でも下でもいいから、『納得して』『仕方なく』のどちらかを○で囲めるようにしてほしい。
で、開票結果も有効票数のうち、納得してY%、仕方なくX%みたく出してほしい。
もちろんいずれにせよ1票は1票なんだけれど、政治家ってのは自分のいいようにしか物事を解釈しない類の生物であるので、ミンスが大勝したら自分達の政策が理解され承認されたって大見得きっていい気になるに決まってるから、『あんたがたが好きなわけじゃないんだけれど、かと言ってジミンでいいはずもないので』としぶしぶ投票した割合というのもわからせてあげないといけないと思うのですよ。
まぁ、今回の選挙に限った話ではなくね。これから行う全ての選挙の投票行為でさ。
で今回の選挙、私はもう期日前投票を済ませました。
どこと誰に入れたかって?
もちろん秘密ですよ。笑
その用紙の上でも下でもいいから、『納得して』『仕方なく』のどちらかを○で囲めるようにしてほしい。
で、開票結果も有効票数のうち、納得してY%、仕方なくX%みたく出してほしい。
もちろんいずれにせよ1票は1票なんだけれど、政治家ってのは自分のいいようにしか物事を解釈しない類の生物であるので、ミンスが大勝したら自分達の政策が理解され承認されたって大見得きっていい気になるに決まってるから、『あんたがたが好きなわけじゃないんだけれど、かと言ってジミンでいいはずもないので』としぶしぶ投票した割合というのもわからせてあげないといけないと思うのですよ。
まぁ、今回の選挙に限った話ではなくね。これから行う全ての選挙の投票行為でさ。
で今回の選挙、私はもう期日前投票を済ませました。
どこと誰に入れたかって?
もちろん秘密ですよ。笑