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遊び心

日々の生活や遊び、世の中の動きについて思ったことをとりとめもなく書いていこうと思います。

13日(土曜日)~14日(日曜日)の1泊2日で洞爺湖に遊びに行ってきた。
前回のブログでも取り上げた観光セミナーの修了生(メンバー)に環境省の施設である洞爺湖の体験ハウスの方がおり、そのご縁で洞爺に修了生の有志が集まり、地元の観光にかかわる方々と交流したり、美術館や火山センターといった施設を見学したり、その修了生が働く体験センターでのアクティビティーを体験したりする中で洞爺の観光を考えてみようという企画だった。

企画運営をしてくれたメンバーの計らいで、事前に洞爺湖町のデータや地元の方の観光に係わる思いをテキストファイルとして頂いていた。
それを元に事前に洞爺湖観光についていろいろと思いをめぐらせておけということなのだ。

洞爺湖は私の住む町から地理的にも近いことから、日帰り・宿泊、公・私、オープン・隠密問わずよく遊びに行っている場所だ。

例えば、宿泊を伴う場合であれば、親戚も含めた宴会に利用する。行きしにレイクヒルファームでアイスクリームを食し、ホテルに温泉チェックイン。ホテル界隈の洞爺湖畔を散策し、ついでに買いもしないのにお土産屋を覗き、コンビニで部屋飲み用の酒やつまみを購入。(これは状況により、既に出発前からクーラーボックスに相当量を詰め込んで持ち込む場合がある。)ホテルに戻り温泉につかり、夕食を兼ねた宴会が始まる。そこには新曲もレアな曲もなく(当然通信型ではない)画面には歌詞だけが表示されるカラオケが用意されており、夕飯があらかた片付いたところでカラオケ大会が始まる。宴会開始後3時間もすれば食べるものも歌う曲もなくなり部屋のみに移行し、風呂に入りなおす者、グダグダとビールを飲みなおす者・・・
そうは言っても23時を過ぎればほとんどの人が眠りに就いて、朝は朝食後とっととチェックアウトでさようなら。ってな具合。

日帰りなら相手や時間にもよるが、新火口を見に行くか、ボートに乗るか、夜に行って花火を見るか。
いずれにしても選択肢はさほど多くはない。
キャンプ場があるのは知っているが、洞爺湖と言えば温泉だ。
何よりそんな近場でキャンプもどうなのだ・・・という気分になる。つまり近距離の人間にとって長時間のゆったりとした滞在に耐えられない場所だったのだ。

そのくせ火山を見に行くと必ず駐車場料金がかかる。
博物館や美術館はそのコンテンツに期待できない(胸をわくわくさせるような事前情報がない)くせに入館料が必要となるから覗いてみようと言う気持ちが喚起されない・・・

そんな自分の感覚と、事前資料としてもらった地元の方の思い入れ(主に観光的な問題点をあげつらった)を重ねながら、どんなイベントになるのか想像も出来ないまま洞爺へ向かった。

比較的早めについてしまった私はゆっくりと湖畔を1周ドライブしながら時間調整。
車の走れる1周道路にはこれといった観光案内的な看板もなく、ただ漫然と車を運転することになりやすい。
途中の景色をゆっくり楽しもうにも、車を駐車させられる場所=単にやや広くなった場所、でありいわゆる展望スペース的なものはない。

ぐるりとドライブを楽しんだところで、集合場所の水の駅へ。
仲間と合流する。
簡単なこの企画の行程説明の後、元の村役場を改装した美術館へ向かった。

この美術館は本来12月~3月は冬季休館なのだが、今回特別に開館して学芸員さんの説明付きで見学することが出来た。
そこには日本文学を代表するような作家(で、洞爺湖と何がしかのご縁があった?)が寄贈した(と理解したが・・・)初版本あり、今はもう亡くなられているが世界的に有名な写真家が3年の月日をかけて撮影した洞爺湖やその周辺の様々な表情や、今は休止中の洞爺村(町)国際彫刻ビエンナーレの出展作品あり、砂澤ビッキ氏の作品ありと、入館料300円というコストをはるかに超える満足度を与えてくれる美術館であった。
遊び心-ビッキさんの作品群とメンバー

しかし、美術館や博物館と言うのは、学芸員やガイドさんにしっかり説明を受けながら拝観することが、そこから感動を得るためには絶対条件であろうと石川県での体験に続きつくづく思った。
たとえその説明が「美術は説明を受けて見るものではなく、感性で見るものです」という言葉であったとしてもである。
遊び心-糊付け等一切ありません

美術館を後にした我々は、次に洞爺湖のビジターセンターと同じ建物にある火山科学館(ビジターセンターは入館無料、火山科学館は@¥600)を見学。
噴火のすごさをバーチャル体験出来る展示いくつかと洞爺湖エリアの自然の美しさだけをPRする映像コンテンツ1点を拝観。ここでは人的なガイドは皆無であった。

サミット記念館は残念ながらタイムアウトで拝観できず。
しかし夕刻にもなると多くのメンバーの心は温泉とビールに移行していたため、サミット記念館の拝観にたいした未練もなくホテルへ向うことになった。

つづく


先週末は観光セミナーを一緒に受講した友人が札幌から遊びにきてくれた。

彼とはセミナー後でも札幌での会合で数回会っていたし、メーリングリスト等でも比較的発言してくれているので、個人的に距離感を感じない関係であると感じていたが、全く個と個で関わる機会というのは今回が初めてであった。

「今度遊びにいこうと思っています。そのときはよろしくお願いします。」
よく別れ際にかわすやりとりだけれど、じゃぁ実際にどれくらい本当に遊びに行くか、来るかなんてことになると、自分自身のそれを含めてその確率は決して高くはないだろうと思う。

それは時間的・距離的・経済的といった要因で実現されないのだろうと思うが、その優先順位を決めるのは、やはりメリット・デメリットという打算的(決してネガティブなイメージではとらえないでいただきたいのだけれど)な部分や、親しみの有無・面白い面白くないというような人間関係だったりするところだろうから、彼が実際に遊びにきてくれたという事実は、僕にとってとても嬉しくありがたいことであった。

彼は土曜日の夕刻、僕があらかじめ送っておいたGoogle Mapをたよりに来てくれた。

僕がよく行くすし居酒屋でいろんな話を肴に、美味いもの三昧。
仕事がらみで宴会が続いていたらしく、この夜は早めにダウンした彼。

翌日はグランヒラフでスキー三昧。
腕前はなかなかのもので、今シーズンまだ3回目とは思えない勢いで滑る。
若い、わかい。

自分も負けじと滑っていたら、さすがに脚の筋肉が痙攣を起こす一歩手前まで来てしまった。
ちょっと休憩にと入ったヒュッテで、気がつけば2時間は話し込んでいただろうか。笑

僕はサラリーマン的就労の経験もあるし、今はほとんど自営みたいなもの。
彼は北海道でも極めて大きな企業組織の中にいる。
僕は僕なりに悩みのようなものもあるし、彼には彼なりのジレンマがある。
でも、そんな課題を軸にしながら、解決案や向き合い方なんかを、あ~でもないこ~でもないと話すことが楽しく、気分転換になったし、なってくれたのではないかと思っている(正確には、願っている)。

夕刻になり、同じセミナー修了生で現在ニセコの温泉ホテルで働く人のところへ顔を出した。
その人は自衛隊を定年で除隊し(表現はこれでいいのだろうか?)、第2の人生として、そのセミナーで身につけた事を生かそうとホテル業に飛び込んだ方だ。

温泉にゆったりと浸からせてもらい、その後館内を丁寧に案内してくださった。

セミナールームやセルフサービスでコーヒーを飲みながらゆったりとくつろげるスペースを見ていると、その施設を使用してこんなイベントもあんなメニューも展開出来るのでは・・・と夢が膨らむ。

それぞれほぼ一回りずつ年齢が離れている3人だったけれど、そんな年齢の差を感じる事もなく会話が盛り上がるのは、まさにそのセミナー様々だなぁと改めて思った。

また遊びに来なよ。また遊びにきます。と言葉を交わし帰路についた彼。
今週末は洞爺でまた再会の予定。

あまりに楽しくて、すっかり画像を撮りそこねてしまったのが残念。笑
それくらい充実した週末だったということでごかんべんのほどを。

僕らが受けたセミナー。今年は3期目が開講します。

仲間が働くホテル。ぜひご利用ください。笑



先日、NHKで放送されていた番組。
年越し派遣村の村長として有名になった、湯浅さんが鳩山内閣に乞われ、内閣参与として激増する住む場をも失った失業者へのサポート体制を構築するべく、文字通り骨身を削って奔走する様子をドキュメンタリーとして追った番組だった。

政府与党としては、この派遣切りやリストラによるホームレスの激増に効果的な対策が打てない中での、頑張ってるんだと言うPRには効果的な人物であったろうし、湯浅さんにとってみれば、自分の求める支援体制を実現できるのではないかという思いもあっただろう。

しかし、これが全く思う通りにいかない。

湯浅さんは、これまで庁舎所在地等のそれぞれ異なる生活保護・資金貸与・職業訓練・住宅手当の申請窓口を集約し、1施設への訪問で済ますことの出来るワンストップ化を推進することで、ただでさえ貧窮し移動の費用も捻出することが困難な失業者の利便性を高め、気持ちも肉体も萎えきらないうちに再スタートへの出口を確保しようと考えていた。

しかしそのためには、総務省管轄の窓口・地方自治体管轄の窓口・厚生労働省管轄の窓口・国土交通省管轄の窓口を集結させねばならず、元来より縦割りで他の管轄への働きかけなど皆無に等しい官僚・公務員が、様々な出来ない理由を挙げては湯浅さんを悩ませる。

そこには『どうしたら実現できるのか』という議論が当然のように欠如していて、その会議の場に臨む役人の表情も一様に、ガードを固めるようであったり、戸惑っているようであったから、いきおいTVのこちら側にいる自分にとっては『ふざけんなこいつらめ!』と思ってしまうシーン。

公務員と言うか、この件に関わる官僚達にとっても、確かに門外漢が“ひとり”やってきて、全く自分達のルールや慣例を無視し、あれが必要、これをやらなきゃと熱くなられても(口調や態度ではなく、その姿勢がという意味で)戸惑ってしまうのはごもっともであろうとは思うのだが、ともすれば国民の生き死にがかかっている問題で、いちいちセクショナリズムだの役職の格の違いだのを出来ない理由に挙げられても、結局は彼らの無責任さとかネガティブな部分しか伝わってこない。

もちろん、自治体としてもただでさえ生活保護に係る予算を減額せよと国から言われているにも関わらず、この制度は短期的に見れば生活保護受給者を増やせと言っているのだから困惑もするし、出口政策が全く示されない中で、さぁ協力しろというのでは、「ハイ、そうですか」と国の言うなりにはなれないということも十分に理解は出来る。
首長が、自分のところだけが受け入れ制度を整え、失業者が集中することになるのは避けたいと、模様眺めの姿勢を崩さないというのもわかりはする。

国を挙げて失業者を救う前に、自分達の体制の中でブレークスルー出来ずに疲労困憊する湯浅さん。
それ以上に湯浅さんをサポートする(?)、山井厚労政務官の役立たずぶりは目に余る。

『国って、もっと力があるのかと思った』

『国が旗振ってもダメなことって結構あるんだな』

『(自分がこの仕事にかける)エネルギーの8割は自治体対策についやしている』

という言葉に彼の失望具合がよく表れていた。

それでも彼は関わったからには、絶対に状況を好転させようと奔走する。

動けば動くほど、利用者の利便性という視点で意見を展開する湯浅さんと、そういった概念が希薄な公務員とのギャップは顕著となる。

クライマックスは昨年末から今年始にかけての年越し派遣村の設置が必要となり、国立オリンピック記念青少年総合センターを利用を画策するところ。

この施設は文部科学省の管轄で、当然のごとく初めは施設は使わせませんという回答が来る。
その理由が振るっている。
4日から利用の予約が入っている。
厨房の改修工事がある。
職員が休暇を取り、暖房設備が利用できない・・・。

そこには全体最適化に対する意識は皆無で、オラが省庁に関係のない波風は断固お断りという文科省のスタンスがモロ見えである。

結局、管さんと川端さんのトップ会談で施設は条件付で利用可能となる。
1500人収容可能の施設であるにも関わらず、500人しか利用させないこと。
さらに極力施設利用者を増やさないために、この施設を利用することはギリギリまで公表しないこと。

脱官僚を高らかに謳い政権を奪取した人たちとは思えない振り回されようだ。

施設利用が始まると、今度は宿泊者へのカウンセリング実施が効果的に通達できないという問題が起こる。
館内放送の利用をと都の担当者と相談すると、ここは文科省の管轄だから自分は判断できないとのこと。
結局、厚労省担当者が文科省担当者と折衝。
当初の回答は「非常災害時にしか使ったことがないから使用不可」。
結局、政務官同士の折衝まで行って(つまり、民主党議員同士ということでしょうね)ようやく翌日から利用できることに。

今度はカウンセリングを実施したら実施したで、単なる聞き取り調査だけされて、全く解決策の提示もなければ親身になって聞いてくれることもないと、施設利用者から苦情が。

ここでも湯浅さんが駆けずり回り、都からも職員が対応に当たることでどうにか乗り切る。

オリンピック総合センターの使用期限が来て、都が新たに用意した施設に失業者は移動していくのだが、結局800人以上に膨れ上がった施設利用者のうち、生活保護等を申請し、とりあえずの住居を確保できた人が492人。仕事を得た人が、たったの15人だったそうだ。

常に現場に赴き、実態を把握し修正点を指摘する湯浅さんの行動力には感嘆する。
が、それと同時に、結局は目先の対応こそなんとか出来た(と言えるか疑問だとも思うが)ものの、経済の好転に向けた動きも、失業者対策や必要な法整備も全く進めることが出来ず、現状対応の出口戦略すらも描けない政権与党の面々が、官僚すらもコントロールしきれない様子や、省庁のセクショナリズムや事なかれ主義には、気がつけば何をもどうすることも出来ずにこの国は沈んでいくのではないかという寒気すら感じてしまった。

『やる気がないとか悪意があるとかいう話ではない。それぞれ一生懸命やろうとしている。でも先に出来ないだろうという意識が来てしまい、事を動かす前に既に縮こまっている。利害関係者が多く、それぞれにいろんな意見をもっているにも関わらず、それぞれに公平性を担保しなければいけない・・・。この問題はもっと世論の後押しがないと、これ以上の事態打開は無理だ。』
番組中の湯浅さんの言葉だ。

事態の打開はもっと民意の後押しがないと出来ない。
民意の後押しを得るには、もっと実業者に対する国民の理解を得なければいけない。
と湯浅さんは言う。

確かにそうだろう。
でもいつでも打開策として民意頼みしかないのだとすれば、それはとどのつまり政治家の敗北宣言に他ならないのではないか。

『言っていることはわかる。でも出来ない。』
同じような状況、同じようなリアクションを僕は自分の関わる観光活性やまちづくりで幾度となく経験し聞いてきた。
その度に僕も無力感や空しさに苛まれたが、所詮それはかなり限定されたフィールドで、自分にはさほどの責任もなかったわけで、それとは全く別次元に大きなフィールドでその無力感に苛まれた彼の疲労感はいかほどのものであったか。

善しにつけ悪しにつけ、現政権与党はしばし与党であるだろう。
今、過去の政党に政権を取り戻されても困るのだ。
その間にしっかりと省庁のコントロールにせよ、日本の正常化にせよ、達成してほしいものだと切に願いながら番組を見終わった。
昨日の14:30頃、物件案内にお客様をお連れしているとき、急激な腹痛に襲われた。
昨日はとても天気がよく、羊蹄山を目の前に見ることが出来るその物件で、そのお客様は羊蹄山の素晴らしき姿に感動し、長時間外でその雄姿を眺めており、当然ながら僕もそれに付き合っていたので、お腹が冷えてきたのだろうと思ったのだが、話を切り上げて帰路に就く訳にも行かずひたすら耐えていた。

物件の確認が終わり、帰路に就く頃にはもう脂汗が。
お客様にことわりをいれ、コンビニへ。
トイレに直行。
嘔吐&嘔吐。

昼飯には、ラー油の効いた坦々麺を食していたが、それが逆流し鼻からも出てくるものだから、鼻の中がゴマとラー油の風味で耐え難い状態に。

出来ればあと10分はそこで排出作業を行いたかったが、お客様のてまえそれもままならず、早々に車に引き上げる。

お客様が本来送るべき場所のはるか手前で、いろいろと状況を見て回りたいと下車されたのは不幸中の幸い。
事務所に戻るや、トイレに直行。

身体の上下からひたすら排出。
その日はそれから動くこともままならず、ひたすら床にふしてうなっていた。

自宅でもソファでひたすらダウン。R-1がちょっと気晴らしになった。


寝る前に最後のメール確認をしたら、昨日自分が問題提起をしたことに対する返信が来ていた。
熱い、熱いメールだ。

翌日には持ち越せないでしょうと、返信。

不思議と、メールを打っている時は体調がやや持ち直していた。笑
ある意味、力をもらった・・・のか?

メールを送信し、ベッドに入る。
一度は眠ったものの、02:15頃目が覚めた。
正確に言うと、関節、特にひざが痛だるくて、とうとう眠り続けることが出来なくなったという感じ。

今朝からソファでうとうとしたり、時折PCの前に座ったりを繰り返している。
家の外気温計では+7℃。
暖かい。もう雪はいらない!早く春になれ!と思いながら女子フィギュアをTV観覧。

真央ちゃん、いい演技だった!
キムヨナ、そこまで点差が開くような演技だったか!?
などと言いながら、結構楽しんだ。

明日には復調なるだろうか・・・orz
先日、二十歳の女の子(イメージ的には女性というよりこちらの表現がぴったり来るね)と一緒に酒を飲む機会があった。
彼女は地元の子で、高校を卒業し地元で働いている。
用事を済ませ、たまたま立ち寄ったバーで一人で飲んでいた。

その子が生まれたときには、僕は二十歳を過ぎ、アメリカで学生もどきを演じていた。
そんな年齢差だから、ついつい僕が彼女の悩み相談を受けるような格好で話し続けるような状態だった。

本来であれば『ふむふむ、ふんふん、そっかぁ、たいへんだねぇ』などとあいづちをうっていればいいところだが、どうしても「ああだこうだ、こうしたらいい、ああするべきだ」などと自己中的な建設的な話をしようとしてしまうのは、僕が男だからか、それともオヤジだからか。

彼女は至らないなりにも頑張って仕事をしようとしているようだった。
それゆえにその至らなさをなかなかブレークスルーできない自分をもどかしく感じているようでもあった。

いきなりパーフェクトは無理なのだから、めげずに開き直ることも必要だよ。
仕事のミスは完全になくすことは出来ないのだから、その失敗を次に生かすことが大切だよ。

などと今の自分を肯定して、前を見つめようよ。仕事を始めた頃より今の自分の方が成長しているように、これからだって少しずつだったとしても成長し続けるんだから・・・。
などと諭すように話をするのだが、どうしても自分の失敗や、停滞している(ように感じる)今の自分を過度にプレッシャーに感じている彼女の口からは『でもね・・・でもね・・・』が枕詞となって発せられる。

失敗を反省せず、そこから何も学ばないのは当然問題だが、失敗を過度に恐れるのも問題だ。
恐れは前進を阻む。

失敗が許容される、リカバリーの機会があるというのは若さの特権であるし、いずれにせよしっかりと社会人として生きていくのであれば、より充実した人生をおくりたいのであれば、失敗は若いうちにしておくべきなのだと思うのだが、彼女に限らず、どうも失敗を恐れるあまりに必要と思われるリスクまで避けようと、今の若者はしているような気がする。

自分の理解できている範囲、知っている範囲で行動するのは確かに楽だし安心も出来るだろう。
しかし、それではなんとつまらない人生であるかと僕は思うのだが、外食は居酒屋。酒を飲めば人生の終盤を迎えたようなジジイとさほど変わらない飲み方しか出来ない。そんな若者がわが町にはたくさんいる気がする。

なぜか?
どうも大人は失敗のネガティブな側面ばかりを子供達に教えているからではないか?
自分の子供に楽な人生、安定した生活をおくってほしい、苦難に満ちた人生を歩んでほしくないと思うのは親心として当然ではあろうと思う。
サラリーマンとして大企業に雇われることこそがその安定だと吹き込まれ、大学・高校を問わずほとんど全ての学生がサラリーマンとして企業に属することを望むようになった今日。
結果として他人の金で相撲をとること(=雇われること)がこれほどまでに不安定極まりない状況であるとわかった今でも、雇用を得るためにもがいている若者を見ていると、これこそがこの国の大人たちの最大の子供に対する最大の罪なのではないかと思ってしまう。

学校では古文やことわざなんかで、失敗こそが最良の教師だみたいなことを教えているくせに、いざ本ちゃんの人生となると、とたんに失敗を否定し始める。

すっかり臆病になってしまった日本人。
出る杭は打たれ曲げられ切り取られる。
他人が自分と同じように恵まれていないことで安心し、成功をつかもうとしたらおだてもちあげ引きずり落とす。

今のままでいいのか日本人?若者よ?
と二十歳の娘に現をぬかす気も起きずに店をあとにした。

翌朝はもちろん軽い頭痛がしましたとさ。