昨日は隣町の京極町にある図書館へ。
図書館と言っても、建物全部が図書館という訳ではなく、
どでかい町民ホールのような建物の一角が図書館。
それでもわが町の福祉センター最上階の1コーナーを使ってサービスしてもらっている図書室よりは書籍の数も多く、なかなかいい雰囲気。
友人には考え事をしたりするのにも使えると、京極図書館フリークもいて、なるほどそうだなと思った。
カードを作れば1度に一人5冊まで2週間を期限に借りる事が出来て、僕もまちづくりやら最近身の回りでフィーバーが再燃しつつある(いや、ビジネスマンの間では再燃などではないロングラン大ヒット継続中なんだけれど)、ドラッガーのエッセンスを説いた書籍やら、はては相対性理論を易しく解説した書籍あたりを借りる事に。
その図書館の横に展示されていたこのジオラマ。
廃線となった国鉄倶知安—京極線の開通100年記念の展示の正面にあったもの。
あぁ、昔はこんなに田舎だったっけぇ~・・・なんて眺めていた。
だいたい、その駅が京極のどのへんにあったのかもイメージがわかない。
でも小学生の頃、1度だけ京極まで国鉄に乗って来た事があったのをそのジオラマを見ていて思い出した。
それはたぶん5年生か6年生の頃だったと思う。
当時の僕らは日曜日となると釣り竿を持って尻別川やクトサン川に出かけていた。
釣り竿といっても、近くの駄菓子屋で売っていた、竹を3本くらいつないで作る3メートルもないくらいの細い竿で、仕掛けと言ったってテグスに小さい針と5グラムくらいの小さい鉛のおもりを噛んでつけた、仕掛けとも呼べないもの。
えさは土を掘り返してミミズを捕まえるか、イタドリをポキポキ折って、その中に寄生しているなんかの幼虫を使っていた。
そんなもんだから、釣る魚と言えばうぐいばっかり。その頃同じポイントでは1メートルオーバーのイトウが頻繁に釣れていたのに・・・である。笑
仲間はほとんど固定で、3人くらい。そのうち一人の家が肉屋だったので、そこでベーコンを買い、釣をしながら固形燃料を燃やしてそのベーコンを焼いて食べたりもしていた。
その日もいつもの河原で釣り糸をたれていた僕らは、釣れる気配のないことも手伝いどこかへ行ってみたいなぁということになった。
その河原は倶知安駅のすぐ近く。
たしかもう昼近くで、仲間の一人が京極でカジカを釣ったという話になった。うぐいに飽きていた僕らは(それでもイトウを釣ろう等とは考えもせず)そのカジカというウグイではない魚を釣ったという話に色めき立った。
「京極にいくべや!」
一同気持ちは京極でカジカを釣ることにロックオン。急いで竿をしまい、駅に行ってみた。
京極へ行く汽車(もうSLの時代ではなかったけれど、ここらへんは非電区間なので、呼び方は汽車なんです)はちょうど間もなく発車というところ。
運賃は確か片道130円くらいでなかったかなぁ。
それぞれギリギリ往復分くらいのお小遣いを持っていた僕らはいそいで切符を買い汽車に乗った。
汽車の中で完全に浮かれていた僕らは、車窓から川が見えるたびに盛り上がっていた。
いざ京極についてみると、もう既にそこは無人駅となっていて、駅舎を出たとたんに目の前に広がる一面の畑ばかりの風景はあまりに倶知安駅近辺のそれとは対照的で、ちょっと戸惑ってしまった。
帰りの汽車は午後3時頃で、実質2時間くらいは遊ぶ時間があったはずだ。
あまりに何もない風景に、どっちへ行っていいのかもわからず、京極で釣りをしたと言う仲間が指差す方向には川が見当たらない。
駅から遠くへ行き過ぎて道に迷ったり、帰りの汽車に乗り遅れてしまったら・・・
そう考えると、なかなか積極的に駅から遠くに離れる気持ちにはなれない。
そうは言っても、せっかく来たのだから釣り糸の一本もたれないことにはと思い、慎重に歩を進め、水の流れを見つけた。
それは畑か田んぼの用水路みたいなもので、全てコンクリートで出来ていたものだから、その透き通った水の流れの中には魚などはおらず、30分も経たずに釣りをする気力も失せた。
相変わらず陽は高く、背中に当たる陽気が心地よい。
時間はひたすらスローに流れ、僕らはただひたすら畑の傍らで用水路の水を眺めながら、先ほどのウキウキワクワクも忘れ、なんでこんなところに来てしまったんだと肩を落としていた。
のどが渇くが、ジュースを買うお金までは残っていない。
帰りの切符は駅の前の商店で売っていた。
そそくさと切符を買い、汽車が来るのを待った。
ようやくこの“地の果て”みたいなところから帰れるという気持ちでホッとしていた。
倶知安駅まで行けば、冷たい水が飲める。と。
帰りの車窓からももちろん川が見える。
そんな川を見ていると、ますますそこでならなんか釣れるんじゃないかという気持ちになってくる。
もうカジカじゃなくても、うぐいでもいい。
「なんで汽車はここで停まってくんね~のよ!」
川が見えるたびに何度も同じ事を口々に言いいあう僕ら3人だけを乗せた汽車は倶知安に帰って来た。
言葉を特に交わさず帰路に就いた僕ら・・・
そんな思い出に浸りながらジオラマをしばらく眺めていた。
職員に言えば汽車も動くらしい。
「川どこよ?」あらためて探す僕。ジオラマでは畑をかきわけ進んだところに川があるが、実際はどうだったのか・・・
たぶんあの切符を買った商店はこのジオラマからもっと手前の方にあったのかもしれないなぁ・・・
そこでジオラマを見なければ、思い出すこともなかったかもしれない思い出。
しばし小学生の頃にタイムスリップした数分だった。