私がまおちゃんの旅立ちを知ったのは、京都の地でした。
京都に着いたら絶対行きたいと思っていた料亭の、お目当ての(いちばんリーズナブルな)ランチが12時を前にして早くも売り切れで、
次のランクのランチにしようか、他のお店にしようか、迷っていた時でした。
登録しているニュースサイトが、速報で教えてくれました。
通知を見て、固まりました。
ただ、翌日にお祝い事を控えていることもあり、
伊勢丹の11階でひとり号泣するわけにもいかず、
金沢に帰ってから神事に携わることを考えても、
なるべく今は深く触れないようにしよう…
でも、でも。
まおちゃん…
そんな葛藤をしながら、
変な話かもしれませんが、
「よし!せっかく来たんだから、初心貫徹!
予算オーバーだろうがなんだろうが、
行きたかった場所で食べたかったものを食べよう!」
そんな小さな決断をして、生きるための美しい糧を自分に取り込みました。
きっと、まおちゃんならそうしてって言うんだろうなって、勝手な推測をしながら。
旅立ちの速報が流れた直後から、関係の方々もそうでない方々も、まおちゃんへの思いを次々と表明していらっしゃいました。
「天の非情を恨む」
とか、
「がんが憎い」
なんて仰っている方もいらっしゃいましたが、
そういう側面だけではないと、私は思います。
まおちゃんも、ご家族も、精一杯のことをした。
もちろん、後悔してもしきれないことはたくさんあるだろうし、
心に開いたものの大きさは計り知れません。
でも、
誤解を恐れずに言えば、
あれだけの伝統があり、様々な演目を持つ歌舞伎界、
それこそ魑魅魍魎が跋扈する部分もあると思います。
まおちゃんは、成田屋を、市川宗家を、堀越家を、
守ったんだと思います。
そして、大きな大きな力に、これからますますなっていくのだと思います。
私事ですが、私もなくしたくない人をこれまで何人もなくしました。
でも、姿は見えなくなっても、触れられなくなっても、
支え守ってくれる力はどんどんどんどん大きくなっていることを実感しています。
もし、今まさに闘病中の方で、まおちゃんの旅立ちにガックリ来てしまっている人がいても、
大丈夫だよ
って、言いたい。
なにより、まおちゃん自身が言ってましたよね。
病気になったことが私の人生を代表する出来事ではないからです。
私の人生は、夢を叶え、時に苦しみもがき、
愛する人に出会い、
2人の宝物を授かり、家族に愛され、
愛した、色どり豊かな人生だからです。
だから、
与えられた時間を、病気の色だけに
支配されることは、やめました。
なりたい自分になる。人生をより色どり豊かなものにするために。
だって、人生は一度きりだから。
成田屋ゆかりの成田山新勝寺の御本尊は、不動明王さま。
我が家もお不動様を信仰しています。
私はまおちゃんへブログを通して
「お不動様を心からお信じ申し上げ、一心にお祈りしてください」
と、
今思えばお節介極まりない、でもまおちゃんがご家族が救われてほしい一心で、コメントをお送りしました。
コメントを読んでくれたのか、その後、
れいかちゃんがお不動様の御眞言を唱えられる、
というブログの投稿もありました。
そのお不動様の御縁日を翌日に控えた27日の夜、
戸締りをする前に何気なく玄関の戸を開けたら、
ひと光のホタルがフワフワと目の前に。
山近い我が家でも最近では見ることが珍しくなったその姿に思わず興奮して、母を呼びました。
「キレイだねぇ」
「…ひょっとして、まおちゃんかなぁ」
「ご挨拶に来てくれたのかもね」
いろんなことを言う人がいますが(私も含めて)
その推測が、偶然当たっていても、大きく外れていたとしても、
その根っこにあるものは、
大きな愛であってほしい。
私たちの愛するまおちゃんが、そうであったように。
毎日『般若心経』を一巻お唱えするのが私の日課なのですが、
あの日、ホテルの部屋に入ってから、いつものお経さんに加えて、
まおちゃんのためにも一巻、おあげしました。
お仏壇でお参りするときに、彼岸の家族親族だけでなくお世話になった方々のお名前もお唱えしているのですが、
そこにまおちゃんのお名前も加わりました。
会ったこともないけれど大きく大きくお世話になったのは、私だけじゃないと思います。
がん患者の皆さん、サバイバーの皆さん、
闘っている皆さん、がんばっている皆さん。
しっくりくるのは、共演していた作家さんの
「唯一無二の存在になって旅立った」
サンド伊達さんの
「スゴイのは、病気になっても、ずっと可愛いんですよね」
松ちゃんの
「こういう人が美しい人というんでしょうね」
そんな、大きな愛ある言葉たち。
だから、私には私のできること。
私は私のしたいこと。
先月から、
がんというものを、
がんと闘うということを、
がんと向き合うということを、
もっともっと正しく知ってもらいたくて、
新しくツイッターアカウントを立ち上げました。
ふじこ@自由人@fujiko_freedom
「自由」とひとくちに言っても捉え方は人それぞれ。雇われてても自由を感じる人もいれば、動けなくても心はどこまでも自由な人もいる。私自身が自由を満喫し、皆様の自由へのお手伝いにもなれたら。がん経験者としてまずは「正しく知ってもらうこと」もそのひとつなのです。さぁ呟くぞ。自由へ道連れ。
2017年07月01日 16:05
お姉さんのまやちゃんと同い年の私はあと100年は生きるつもりですが、
(いや、250年でも、不老不死でもいいんですけど)
あちらの世界でまおちゃんに会った時に、
胸をはっていたいから。
海老蔵さんが大祓の日にKOKORO.の世界発信を始めたのも、
金沢では氷室の日に清めの大雨が降ったのも。
見えない力。
大きな愛。
人間の根源は、そこに。
