前回、ある芸術家を話題にさせていただいた。



彼の思惑どおり私が逡巡をはじめたことは我ながら愉快だったけれども

同時に少し腹立たしくもなってきた。



たしか私より十ほど年若だったはずだ。



それなのに


なんだその落ち着きは。

なんだその才能は。


しかもボソっと面白いなんてズルすぎる。

あわよくばボケてやろうとギラギラしている私とは違うのである。

なにそのdifference
なにそのdistance
なにそのdestiny     ←言いたいだけですすみません





普段は学術に秀でている人と触れ合う際は年齢や性別等々は全く意に介さないのだが、

その(あくまでも私の中の)常識に囚われないキャラクターが私の人生に突如出現したことに、
喜びつつも戸惑っているからかもしれない。



彼について語りながら、同時に二人の友人のことも思った。


この二人も写真に携わっている。

そして二人とも特別な時期を迎えている。




Tはカナダからの転校生だった。

中学、高校と同じ学校に進んで、

ピアノ教室も部活も同じで、

一緒に寄り道しながら帰ったりして、

大学時代も社会人になってからも思い出した頃に会うような感じで、

付かず離れずの良い関係を築いてこれたと自負している。


私の病気を知った時も、みなまで言うなとばかりに深くは尋ねず、

でも直後の誕生日にはさりげなくプレゼントを送ってくれたりして、

気を遣っているのに気を遣わせないマナー上級者のような振る舞いを本能的にこなしている。


国家資格を持っているがそれを振りかざすようなことはせず、

写真がやりたいからとフリーターになって、

風のように生きる彼女を慕う人物は多い。





Yは高校の同級生で、

当時はTを通じてたまに話したりふざけあったりするぐらいだったが、

数年前に共通の友人の結婚式で再会してから私にとってはなんとなく気になる存在で、

今度、Tのお祝いの席でまた会えるという喜びが待っている。


そして、今日はYが生まれた記念日だ。





二人とも、

優しさが押し付けがましくなくて、

生きていれば辛いこともあるだろうにサラッと生きてい(るように見え)て、

でも社会問題に声を荒げるような熱い部分も持っていて、

ボソっと面白くて、

なんだか理想的なオンナなのである。




私も写真には数年前から興味を抱きはじめ、自分も始めたいと思ってはいるものの、

未だケータイ写真家に甘んじている。




写真をはじめれば、彼女たちのようにイイ女度が増すのだろうか。



なんて安易なことを考えながら、友に恵まれている幸いを、今日も思う。










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ではまた次回、
ごきげんよう。





 
 
 
 
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