みなさま、こんにちは。 ふじこです。
今日は勤労感謝の日、祝日ですね。
全国的に冬将軍がやってきておりますが、
かねてからの予定どおり行楽にお出かけという方も多いことでしょう。
ご自宅でごゆっくりなさっている方も、
そんなみなさんを横目に見ながらお仕事に励まれている方も、
様々いらっしゃることと思います。
しかし最近では、
とかくなんでも端的に考えがちな風潮があり、
祝日の意義についても、単に
祝日イコール休みの日
と捉えられがち。
勤労感謝の日に至っては
勤労に感謝する日なんだから、遊ぶ日に決まってるでしょ!
なんて思われがち…かもしれません。
そんな勤労感謝の日ですが、
国民の祝日に関する法律
いわゆる「祝日法」では、このように定義づけられています。
勤労感謝の日 十一月二十三日
勤労をたつとび、生産を祝い、国民たがいに感謝しあう。
祝日法の全文はこちら↓
「生産を祝う」という言葉が入っています。
というのも、今日のこの日、
皇居では天皇陛下が
「新嘗祭」(にいなめさい)
の祭祀を行っていらっしゃいます。
今年とれた新米を天照大御神はじめ神々様へお供えし、
五穀豊穣、神々の恵み、国民が安穏に暮らせることを感謝申し上げる、
宮中祭祀の中でも最も重要と位置付けられている おまつりです。
キリスト教風に言うと「収穫感謝祭」ですね。
「勤労感謝の日」は芸名で、
「新嘗祭」が本名…といったところでしょうか。
(例えが悪い?笑)
その祭祀の後、神様からのお下がりを天皇陛下が召し上がります。
ですから、陛下はこの新嘗祭が滞りなく済むまで、新米を口になさらないのです。
この風習を今でも守り続けている地域も、一部にはあります。
また、新嘗祭と似たような風習はお茶の世界にもあります。
秋になると行われる「口切りの茶事」がそれです。
これは、春に採れた新茶を壺の中に詰め、封をして秋まで熟成させておき
(採れたてのお茶は青臭くて茶事には適さないとも言われています)
飲み頃の秋になったらお祝いのお茶席を設けて主人が壺の封を切り
新しいお茶をありがたくいただく
というもので、
そのお茶壺の中のお茶を来秋まで大事に使うのです。
まさにどちらにも
恵みへの感謝の心
自然への畏敬の念
生産者への感謝の心
目の前の相手とのご縁への感謝
といったものが込められていますよね。
我々民間レベルでは
秋になったら新米を食べない方が難しい、
春になったら新茶を飲まない方が難しい、
というのが現状ですが
(私も一度、陛下と同じように新嘗祭が済むまで古米を食べ続けようと思い、試みたことがありますが…
10月も過ぎれば古米を手に入れること自体ができず、断念しました。
春のお茶も…飲んじゃいますよね笑)
少なくとも今日が新嘗祭の日であるということに思いをいたし、
より感謝してご飯をいただく
陛下の日々の祈りに感謝申し上げる
日々無事で過ごせることの恵みに感謝申し上げる
そういった姿勢を忘れずに持ちたいものです。
他の祝祭日も宮中祭祀に縁のあるものばかりですから、
今日は休みだ
ウェーイ
ウェーイもいいのですが(笑)
やはり、その日一日のどこかで、今日はそういう日なのだということに思いをいたして感謝する
そしてそのことをお子さんやお孫さん、後世を担う人々に伝えていく
そういった心が、日本人として大切なのではと改めて思います。
ですから、
ハッピーマンデーが導入されてもこの新嘗祭を動かさなかったことに、
私は日本の誇りを感じます。
当時の関係者に賞賛の言葉をお贈りしたい思いです。
祝祭日は伝統にのっとって「その日」に行うことに意味があるのですから、
人間の都合やその時の社会情勢だけで考えるのではなく、
ハッピーマンデー制度も白紙に戻すべきだと、私は思います。
さらには。
天皇陛下の最も重要なお仕事は祭祀です。
皇室の祖先でいらっしゃる日本の神々様に日々祈りを捧げられ、
国民と国土の日々の安穏をお祈り申し上げなさるのが
天皇の最も重要で高貴な役目であり、
これは他の皇族の方、たとえ皇太子殿下であろうとも、神様の前では代えがきかないことなのです。
天皇陛下にしかできないお祈りというものが、あるのです。
そんな日本にとって最も大切なことが、戦後GHQによって天皇の公務から外されてしまったのです。
そのため法律上は現在でもなお、
宮中祭祀は天皇の私的行為と位置付けられてしまっています。
でも、国民と国土の安寧のために、日本の天皇は祈ることをやめるわけにはいきません。
それが2676年続いてきた、日本が日本たる所以であり伝統だからです。
皇統を継ぐ、つまり天皇陛下になるというのは、そういうことです。
※今年は皇紀2676年。
皇紀…神武天皇の即位を元年とする日本の紀元。
伝統の大切さって、そこにあると思うんですよね。
古いものは変えるべきだと言う風潮もありますが、変えりゃいいってもんじゃない。
簡単に変えちゃいけないもののほうが、日本には多いのです。
ですから、畏れ多くも先日の陛下のお言葉を皮切りに、
皇室の意義
日本という国
日本人の魂
伝統を守ることの意義
その本来を
考える時にきているのではないでしょうか。
それも浅知恵ではなく、
国民全員が深く学んで、
深く思いをいたす
という段階に。
ではまた次回!
ごきげんよう

↓ふじこ って何者??↓
駆け出しの もの書き だったり。
こんな野望(?)も持ってます。
とはいえ政治家になるつもりは毛頭ありません。あしからず(笑)




