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さて。






昨日、人間関係や意思の疎通に関して思うところがある、といった主旨の投稿をしたところ、
思いのほか多くの反響をいただいて、驚いております。
 ↓↓↓




それだけ、
(病気の体験の有無にかかわらず)
同じような思いをしたことのある方、
まさに今も困っている・悩んでいる方
が実に多いことを、目の当たりにしました。



ちょうどそれに関連して、
今日の新聞にも、こんな記事がありました。

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これを執筆された西村元一さんという方は、がん専門医でありご自身も現在がんの治療中でいらっしゃいます。
その経験や、医師として・患者としての様々な気づきを元に、がん患者や関係者の集える・活躍できる場を設け、その普及に尽力されている、金沢近郊ではちょっとした有名人です。

直接お会いしたことはないのですが、いつも良くしていただいている方の主治医でもあり、勝手に親近感を抱いています。


その西村先生もこの文章の中でおっしゃっていますが、
がん患者はカラダだけでなくココロも非常に繊細に敏感になっているということ。


そして、重要なのは、
相手に悪気がなくても深く傷付くことがある
ということ。



私の場合、最近ものすごく気になっているのは

「そんなつもりはなかった」

「そう思われてるなんて、思ってもみなかった」

「それは心外だ」

といった言葉。



言葉や態度や思いをどう捉えるかは、人それぞれ。

ある人にとってはなんでもないことでも、別のある人は大きく傷付く場合もあるのです。


例えは悪いかもしれませんが、セクハラと同じです。

相手が不快に感じれば、その時点でセクハラは成立してしまいます。


もっと言えば、知らなかった・気づかなかったら何をしてもいいのか、ということにもなります。

「人を殴ったらダメなんて知らなかったから、殴りました」
「人を殺しちゃダメなんて誰も教えてくれなかったから…」
なんてことが通りますか?ということです。


人の心という見えない部分に関することだけに、
そのへんがウヤムヤになりがちなだけだと思うんです。


しかも、もっとタチの悪いことに、
こちらが傷付いた、ということを伝えているにもかかわらず、
そのことに対して謝るのは二の次で、
自分がどんな思いでそれを言った(した)のか、
自分がどんなに気を遣っているのか、
自分がどんなに”あなたのためにしてあげている”のか
といったことを、まず主張してくる。


傷付けて、さらに追い討ちをかけるようなことをしているのです。


本人にとっては「説明」しているつもりでも、それが謝罪よりも先に立つと、「言い訳」になってしまうのです。

そんな約束事が、一瞬にしてどこかへいってしまうんですね。
あまりにも感情的になってしまっているから。


目の前の相手の心よりも、
自分の考えを押し通すこと、
自分の立場を守ること、
その話の中で相手を言い負かすこと
に躍起になってしまって、
事態の主目的、物事の本質を見失ってしまっているから。


そんなことに、どれだけの意味があるというのでしょう。

そこから、どんな前向きなことが生まれるというのでしょうか。


ただでさえ弱っている相手の前で
「そんなつもりはなかった」と
つい口走ってしまうような人は、
立ち止まって深くじっくり考えてほしい。


相手は、今どんな状況にあるのだろう。

自分の想像も及ばない、どんな思いを抱えているのだろうか。

…と。



それが、
相手の立場に立つ
ということ。


大人の人間関係
であり、
日本人の「和」の精神
なのではないでしょうか。






今日も、自戒の念を込めて。








ではまた次回!
ごきげんよう





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