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さて、



ご存知のとおり、国際的なスポーツの祭典には、
健常者を対象としたオリンピック
障がい者を対象としたパラリンピック
の2つがあります。

 健常者、障がい者っていう言い方がそもそもどうかと思うのですが…便宜上。


これが分かれていることに、私はこれまで なんとなく違和感を感じながらも、
そのほうがかえって平等なのだろう、

障がいを抱えている人にとっても、そうでない人にとっても、
そのほうが合理的なのだろうと理解していました。


ですが、その見解は、この選手の活躍を見てから大きく覆りました。


ポーランドのナタリア・パルティカ選手。


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生まれつき右腕の肘から下がない状態とのことですが、パラリンピックだけでなく、オリンピックにも出場しています。

今回、卓球の女子団体で日本と一回戦を戦いました。

結果は日本の勝利でしたが、彼女の戦いぶりは非常に素晴らしいものでした。


お恥ずかしいことに私はその存在を先日まで存じ上げませんでしたが、
他の国際試合の経験も豊富なんだとか。

さらにお恥ずかしいことに、彼女の姿を見たとき、
オリンピック、出れるんだ…
と驚いてしまいました。


パラリンピックじゃなくていいの?
不利にならないの?
と、ハラハラしながら見ていた私の耳に入ってきたのが、
実況のアナウンサーが紹介した、
パルティカ選手の言葉。


「障がいは問題にはならない」

「人より努力すればいいだけ」


なんと強く、美しい選手でしょう。


実は、彼女だけでなく、
過去にもそういう選手はたくさんいたそうです。
  ↓↓

  こちらも恥ずかしながら知らなかった…



彼女らの姿に、大きな勇気をもらいました。


人間、どんな状態になっても、できないことはないのだと。


できないと決めつけているのは自分自身で、
少しの工夫と、
不屈の努力と、
なによりも気持ちとで、
なんだってできるんだと。


あらためて、そう思わせてもらえました。



私も乳がんで右胸を摘出してから、
言いようのない やるせなさ、
女性としての自信の喪失、
家族への負い目、
今後の生活への不安…
そういったものを常に感じてきました。


日々、明るい気持ちで前を向いて生きようと心がけていても、
ふと、そうした思いに度々とらわれていたのです。


その一方で、調子のいい時にはやはり、
あれもしたい、
これもしたい、
もっともっとしたい、
希望に満ち溢れ続けています。


パルティカ選手をはじめとした全オリンピック・パラリンピック選手からもらった勇気を行動に変えて、前へ進んでいこう!
と、あらためて思っている次第です。


実はスポーツの”ス”の字も経験がないのですが、
マスターズに出場してメダル獲得!
なんて夢も描いています。

 どの種目で出よう?
 やっぱ水泳かな♪ ワクワク(≧∇≦)



そうなってくると、ますます疑問なのは…

なぜ、オリンピックとパラリンピックの2つが両方存在するのだろう?


たしかに、重度の障害を抱えた方がオリンピックのトップクラスの選手と戦ってもお互いに十分に力を発揮できないことは考えられるので、
分けたほうがフェアだという考え方はごもっともです。


それはそれとして。


なぜ、
エンブレムまで分けるのか?

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そもそも公式のマークも別だし。

エンブレムやマークは同じにして、
文字だけ変える、じゃダメなんですか?

っていうかパラリンピックだけわざわざ文字にしてあるのってどうなの?

なぜ、心まで分けるようなことをするんだろう…



 ↑ざっくり言うと
オリンピックマーク…「五大陸」「すべての人類」「スポーツの5大要素」など複数の意味があるが、要は「みんな全て繋がってる」的なこと
パラリンピックマーク…日本でいう「心・技・体」的なもの


…うーん…
だからなんでそれを一緒にしないんだ…
ますます謎は深まるばかり…


私自身、
「差別」(=偏見)
「区別」(=役割)
の違いは理解しているつもりですが、

「区別のつもりが差別になってしまっている」
ことが多分にあると思うのです。

逆に、「差別だと騒いでいるものが単なる区別だった」なんてことも…


私も、変な目で見られることもあれば、
心ない言葉を投げかけられることもあります。

一方で、本人以上に私のことを認め、励まし、褒めて、支えてくれる人がいるのも事実です。

後者の皆さんのほうが圧倒的多数で、有難いことに どんどん増えています。

 中には偽善的な人もいますけどね。
 でも、嘘でも嬉しい、ってことは往々にしてあるもんです。

それが本来の人の心であって、時代の潮流なのだと思うのです。

毎年夏休みの最後に放送される黄色い某チャリティ番組のように、障がいやハンデを抱えている人を商売の対象にするようなやり方は好きではありませんが、
でも、
困難に負けずに闘う人の姿というのは、人に無類の感動と勇気を与えるもの。


障がいも、ハンデも、その人の個性だと受け入れる。

困った時はお互いさま。


そんな当たり前のことが当たり前の世の中に、早くなってほしいな、と。


私は術後の今もよく銭湯や温泉に行くのですが、隠さずに堂々と(笑)入っています。
日本人からは驚きや侮蔑の視線、声を浴びることもありますが、
外国人観光客のほうが普通に接してくれます。
「まぁ、色んな人いるよね〜」と、気にも留めていない感じ。

 海外では全摘が主流、というのもあるでしょうが


日本が遅れてるんですかね…



日本を、真の
「思いやりの先進国」にしましょう!




今日も結びまでお付き合いいただき、ありがとうございました!




ではまた次回!

ごきげんよう

 



*画像出典:IOC、
 公益財団法人東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会




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