みなさま、こんにちは。 ふじこです。

 

 

先日から、この「日本の真について考える」という新シリーズを始めました。

 ↓↓↓

日本の真を考える①日本人にとっての天皇陛下

 

 

そもそも、このブログは

 

「いざというときのために日々の”たしなみ”こそ大事」

 

という意識のもと、

 

「日本人が我が国日本について真摯に謙虚に考え」

 

「この国がたどってきた道、先人が遺してくださったものに思いをいたし」

 

それらを読者のみなさまと筆者ふじこが

 

「共に学び深める機会を増やす」

 

ことを目的として始めたものです。

 

 

そして、ブログを書きながら日々を送っていく中で

 

筆者が乳がんを経験したり

 

様々なものを見たり聞いたりする中で、少しずつ

 

「日々を健やかに穏やかに軽やかに”たしなむ”ことが幸せ」

 

との思いが深まり、それを少しでも皆様にお伝えしようと思い始めた次第です。

 

 

 

天皇陛下と皇室について語ることそのものが、不敬にあたるとお考えの方もいらっしゃることでしょう。

 

今般騒がれている「譲位」の問題をめぐっても、

どうなるのかしらと口に出してあれこれとお話なさる方

騒ぎ立てること自体が不敬であると口を慎み静観なさる方

私の周りにも様々な方がいらっしゃいます。

 

 

私としては、

 

今般の問題に関しても、

 

悠仁親王殿下がお生まれになるまでの女性天皇・女系天皇・女性宮家創設に関しての問題も、

 

我々庶民はもとより「有識者」という名の”ただの人”があれこれ取り沙汰すものではないと考えています。

 

いえ、これは「考える」というより、日本人の魂として「感じる」のです。

 

 

二度の元寇から日本が守られたように、

 

皇統断絶が危ぶまれた矢先に悠仁親王殿下がお生まれになったように、

 

日本には、そんな危機の折にこそ「風が吹く」ようになっているのです。

 

 

「日本は神の国である」

 

と言った地元出身の政治家がいました。

 

その通りだと思います。

 

(ただ、彼の場合、政治家という立場でそういうことを言うから問題視されてしまうのですが)

 

 

神話の時代から続く皇統について、

我々があれこれと騒ぎ立てるべきではありません。

 

(日本の神話についてはまた改めてゆっくりとお話したいと思います)

 

 

国民議論なんて、もってのほかです。

 

イギリスじゃないですが、大事なことほど性急に国民投票になんて持っていってはいけないと、私は思うのです。

 

 

その一方で、私たち現代人は、天皇陛下について、皇室について、皇族方について、知らなすぎるのではないでしょうか。

 

いえ、知らなくてもいいんです。

なんとなくでもいいから、

 

「天皇陛下ってすごいんだな」

 

「なんかよくわかんないけど、ありがたいよね」

 

そう自然に思えれば。

 

 

昔の庶民はそうでした。

 

帝のご尊顔を拝するなんてもってのほか。

お会いしたことなんて、もちろんない。

どんな方かもよく知らない。

 

それでも、

帝を頂点として連綿と存在してきたこの日の本で、あらゆることに感謝ながら慎ましやかに暮らしていたのです。

 

でも、現代はどうでしょう。

 

そんな大昔からの日本人の魂、DNAを持っていらっしゃる方も、もちろんたくさんいらっしゃいます。

 

一方で、マスコミをはじめとして、

 

「あなた、それでも本当に日本人ですか?」

 

と問いたくなる人達があまりにも増えてしまっている。

 

そして、純粋無垢な日本人が、その影響を受けてしまう。

 

その悪弊を断ち切り、

日本人としての誇りを持った日本人による

輝き渡った日本に、

今こそしていかなければなりません。

 

 

実は、私は天皇皇后両陛下に直接お会いし、お声をかけていただいたことがございます。

 

忘れもしない平成20年11月11日、東京出張へ行った折でした。

 

かねてより観覧したいと思っていた東京国立博物館での「大琳派展」へ、仕事の合間に行くことが叶いました。

 

大好きな狩野派の絵画をじっくりと堪能していたら、いつのまにか閉館時間が近付いていました。

 

すると、職員のみなさんがしきりに、館内に残っていたお客さんを外へ出そうとするのです。

 

閉館時間まであと数分残っていたことも相俟って、

 

その様子がただごとではないと感じました。

 

私と同じような思いだったのでしょう、他のお客さんが職員の方にその訳を問いただしていました。

 

すると、

「皇室の方がいらっしゃるらしい」

いう声が私の耳に入ってきました。

 

これは好機!

是非ご尊顔を拝しなければ!と、

無礼を承知で、

”出待ち”させていただくことにしたのです。

 

その時点では、どなたがいらっしゃるかまではわかりませんでした。

皇太子殿下だろうか?

秋篠宮殿下ご夫妻かな?

と、ドキドキしながら、私と同じく噂を聞きつけた他のお客さん20名くらいでしょうか、みなさんと一緒に展示室と展示室の間の廊下で待っていました。

 

この時は

「あわよくば写真も撮っちゃお」

なんて軽い考えでカメラも鞄から取り出して用意して待っていました。

 

そして…

展示室の分厚い扉が開きました。

 

中からお出ましになったのが…

 

天皇皇后両陛下だったのです。

 

これには驚きました。

 

これが僥倖というものか、と思いました。

 

お二方も、廊下で待つたくさんの人々に、一瞬 驚かれたご様子でした。

 

ですがお二方はすぐに人々のもとへ、ごく自然に歩み寄られました。

 

そして、天皇陛下が私の前へおいでになって、直接お声をかけてくださったのです!

 

(どんなお言葉だったのかは、私の胸の中で大事にしたいので申し訳ありませんが秘密です)

 

 

突然のあまりの出来事に、身体も声も震えてしまって、陛下のお問いかけに対して

 

「は、は、は、はい…!!」

 

とお答えするのがやっとでした。

 

カメラなんて向けられません。

 

あのお姿を直に拝見したら、とてもじゃないですがそんな無礼極まりないことはできません。

 

(護衛の方に制止されたというのもありますが)

 

 

そして皇后陛下は、常日頃から「弱い方々の支えになりたい」とおっしゃっているとおり、

車椅子の方をお見とめになられて、歩み寄りになり、お言葉をかけていらっしゃいました。

 

時間にしてほんの5分ほどの出来事だったでしょうか、

あっという間だったような、

時が止まっていたような、

どちらなのかわからないぐらいの体験でした。

 

そして、その場にいた全員が、その一瞬一瞬を、噛みしめるように大事に大事にしている

そんな空気が流れていました。

 

平たく表現すれば、その場全体が

「ほんわか」

とした空気で満たされていました。

 

護衛や係員の皆さんに促されるようにして足早にその場をお発ちになったお二人の後ろ姿に、私は

「必ずまたお目にかかります」

とお誓い申し上げました。

 

一人で行った私も、ご家族やカップル、お友達同士で来られていた方々もみな一様に、

たった今 自分の身に思いがけずふりかかった幸運の余韻を噛みしめるように、言葉少なに、でも晴れやかな笑顔で博物館を後にしていました。

 

すぐさまホテルへ戻って、母に電話をしました。

 

「なんと光栄なこと」

 

「良かったね、良いことあるよ」

 

と泣いて喜んでいました。

 

 

一方で、

直後に食事を約束していた友人にもその一件を伝えたところ、

 

「え、なにをそんなに興奮してるの?

  天皇って、あのオッサンでしょ?」

 

その瞬間から、私の心の中で、彼女は友人ではなくなりました。

 

ウヨクだなんだと無駄に揶揄されたくなかったので、強い反論もせずにそのまま食事に行きはしましたが、

心から楽しむことができなかったのは言うまでもありません。

 

 

私のように、直接陛下にお会いしたことのある人々は、その瞬間から陛下のご存在が自らにとって絶対的なものになります。

 

もともと天皇陛下や皇室の、平たく言えば”ファン”であった私でもそうなのですから、

それまであまり興味を持っていなかった方にとってはますます強烈な大転換でしょう。

 

これは言葉では到底表現できないものです。

 

なんとか言葉で表現しようとすると

 

「なんか、もう、すごい」

「ありがたい。それしか言えない」

 

そんなところでしょうか。

 

自分の語彙の貧困さをこれほど恨んだこともありませんが、

言葉にすると薄っぺらく軽薄になってしまう思いというのは、存在するものです。

 

陛下に対する国民の思いも、本来そういうものなのではないでしょうか。

 

被災された方で陛下の訪問を受けた皆さんも、こうおっしゃいます。

 

「もう、私、涙出ちゃって。ただただありがたくて。なんにも言えなかったわ。」

 

では以前から陛下をお好きでいらっしゃったのですか?と尋ねると

 

「それがそうでもないのよ~」

 

なんて答えが返ってきたそうです。

 

そんな、一瞬にして一変させるぐらいのご存在なのです。

 

そういった尊い教えを受ける機会は、残念ながら、戦後の日本の教育現場からほぼなくなってしまいました。

 

我が家のように日本の伝統を重んじ皇室の”ファン”でもある家に生まれ育ったり、

本屋でその手の本を見つけて読んだり、

大人になって自ら気づいて学び始めたり。

 

そういった機会でもないと、

日本人としての大切なことを身につけられない社会になってしまっていると感じています。

 

これは本当に忌忌しきことです。

 

現代日本で深刻なのは経済格差ではなく、

 

「意識の格差」

 

「教養の格差」

 

そして日本人としての

 

「誇りの格差」

 

ではないかと、私は思っています。

 

 

それを今こそ解消すべく。

 

叩かれるのも諫められるのも承知で

これを書いています。

 

そして、今こそ、その好機だと思うのです。

 

 

私も書生(学ぶ者)です。

 

先人や名伯楽から聞きかじったお話をみなさんにお伝えしているだけに過ぎない存在です。

 

でも、微力でもできることがある。

 

微力でも、その「たしなみ」を続けていけば、やがて成し遂げられる。

 

誇りある日本を未来へ繋いでいくのは、

 

ほかでもない

 

現代の私たち日本人自身です。

 

 

みなさま、今こそ一緒に、日本についての学びを始めませんか。

 
 
遅いなんてことはありません。
 
早いなんてこともありません。
 
今から、一緒に。
 
 
 
 

 

今日は予定を変更してお送りしました。

前回予告しました「象徴天皇制」につきましては、改めてお話したいと思います。

 

 

 

今回も結びまでお付き合いいただきまして、ありがとうございました 

 

 

ではまた次回!

ごきげんよう

 

 
 
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