みなさま、こんにちは。 ふじこです。



さて、昨日お話したのは「告知」。

私の当時の病状と治療方針等について、
医師から説明を受けたそのままをお伝えしました。




今日は、それを聞いた時の心の様子を振り返ってみたいと思います。


しかしながら、
具体的な記憶というのはあまりはっきりとはしていません。


なぜなら、


まず、
面と向かって

「がん」

この二文字を聞かされただけで
思考は停止します。


身体が勝手に震え出します。


どこへ向けたらよいのかわからない怒りのようなものさえ湧いてきます。


本人はしっかりと冷静なつもりでいたものの、

あらゆる説明や会話も
聞いているようで聞いていない、

目の前の書類や写真も
見ているようで見ていない、

全てにおいて
わかっているようでわかっていない。

そんな状態でした。



言葉で表すなら、


「えっ…」


「えーっ!」


「どうしようどうしよう」


そんなことを終始思っていたような気がします。



特に、
私が完全に冷静さを失ったのは

「全摘」

という単語を聞いた時。


思わず医師に
「なんとか…乳頭だけでも残せませんか?」
やっとの思いで、震える声で、懇願するように聞きました。


わかってるんですよ、冷静に考えれば。
おっぱいの膨らみがなくなったところにチョコンと乳首だけ付いていても、明らかに不自然だってことぐらい。


でも、女性として、やはり
乳房が、乳頭が、
今まで普通に身体の一部であったものが、
毎日目にし触れていたものが、
ある日を境に
すっかり、全く、なくなってしまうというのは、
耐えがたかった。


北斗晶さんも同じことを医師に聞いたそうです。

そうなんですよ。
聞いちゃうんですよね。


人によっては、おっぱいがなくなるぐらいなら死んだほうがマシだと考える方もいるそうです。

そこはさすがに命が最優先だと、
私の場合は混乱しながらも思いました。

でも、
乳頭を含め右乳房を手放すという選択は
泣く泣く受け入れるといった形でした。


残すことはリスクが大きい
その説明を受けたからです。


「全摘」と聞いた時から完全に心ここにあらず、であったことの証明
それは、


私の懇願に対して医師が言ってくれた

「あなたの命を守るためですから」

という一番温かく大事な答えを、
今でもまったく覚えていないということ。


母が一緒に聞いていてくれたからこそ、
この最も大切なことを後から知ることができました。


やはり、告知は複数で受けるべきものです。
一人では到底、受け止められませんし、
抱えきれません。


医師も病院側もそれを重々わかっているからこそ、
近親者等の親しい人と一緒に話を聞くことを求めるのです。

 ちなみに、ご家族がいらっしゃらない方や特別な事情のある方は、ご友人やその他、信頼できる方ならどなたでもよいそうです。
天涯孤独という方や誰も頼る人がいないという方でも、例えば患者のサポートを行っているボランティアの方や、それこそ病院のスタッフでもよいのです。
一人でもいい、誰か支えてくれる人を見つけてください。


どんなに自分が冷静だと思っている人でも、
どんな言葉を受けてもたじろがないと自信のある人でも、
ふとした瞬間や予期しない言葉によって
そんなものはあっけなく吹き飛びます。

頭脳が優れているとか、
とにかく温和な性格であるとか、
そんなことも一切関係ありません。

たとえ患者本人が医師であったとしても、です。

そのくらい、告知というものには破壊力があります。


病気の事実や現状を突きつけられるだけではありません。

治療の方針やその内容を聞いて、
血の気が引いたり途方に暮れたりすることもあります。


では一方で、なぜそんな一見残酷なことを、わざわざ患者に課すのか?

ひと昔前とは違い、現代ではほとんどの場合、
患者本人と家族に告知を行います。

それはやはり、がんが治る時代になっているから、
医学の力でコントロールできるようになっているから
ということではないでしょうか。


私にとって告知は、母と、そして先祖との絆が深まるきっかけになりました。

そして、人の温かさを感じる喜びを知りました。


母がずっと手を握っていてくれたこと、
努めて気丈に冷静に話を聞いてくれたこと、
「大丈夫、大丈夫やぞ」と声をかけ続けてくれたこと、

看護師さんがティッシュを差し出しながらずっと背中をさすってくれていたこと、

そういったことはすごく覚えているんです。


記憶にある というより、
細胞や魂レベルにしみこんでいる、
といった感じです。


話の内容はほとんど覚えていないのに。
もらった説明書類を後で読み返しながら、
追い追いようやく理解したといったところです。


実は、
以前も少しお話したとおり、
がんであるという事実は、この本格的な告知の前に聞かされてはいました。



精密検査を受ける前提として、期せずして自分が がん であることを知ることになったわけですが、

この時、
「えっ、告知って、こんなにサラッとするものなの??」
という、怒りのような悲しさのような不安のような、
たぶん全部なんでしょうけど、
やり場のない思いが湧き上がってきていたような気もします。


また、様々な検査を受ける際、
受付の方や技師さんから
「乳がんでの検査ですね」と言われても、
ひたすら
「まだわかりませんけど!」
「確定じゃないですけど!」
などと、いちいち反論していました。


信じられなかった、
いえ
信じたくなかったのですもの。



こうして、患者や家族の心に極めて大きなダメージを与える「告知」ではありますが、

絶望の淵に立たされたような
生き地獄に落ちたような
そんな心境がずっと続くわけではありません。


日本には昔から
にち薬
という、なんとも温かい教えがあります。


受けた心の痛みも、
術後の傷と同様
時間が癒してくれます。


医学的にも、2週間から1ヶ月程度で徐々に回復すると言われています。
 (あまりに長く強く続くようなら適応障害やうつ病等の疑いも出てくるようですが)


{C8561A96-B553-4A96-8BCD-F58E634DFB64}

  がんの冊子『がんと心』より


大きなストレスがかかれば、
不安を抱えたり落ち込んだりするのは、
むしろ通常の反応。


それを乗り越えた自分に自信と誇りを、
乗り越えさせてくれたあらゆる力に心からの感謝を、
抱かずにはいられません。



今回も結びまでお付き合いいただきまして、ありがとうございました


ではまた次回!
ごきげんよう




Instagram公開中♪
 
フォローしていただけると小躍りして喜びます
 
インスタグラム
 

そうね。人生もね。

A photo posted by Fusae Kano (@fujiko_kanazawa) on





 
Twitterも (ごく稀に)  やってます♪
 
ツイッター
 
 
 
ブログランキングに参加しています。
こちらもクリックしていただけると狂喜乱舞します
 いかがわしいページが開いたりしませんのでご安心ください。

にほんブログ村 病気ブログ 乳がんへ
にほんブログ村