みなさま、こんにちは。 ふじこです。
 
 
今日の金沢は雨模様ということもあって、
ちょっとセンチメンタルな話題です。
 
 
世の中には、いろんな人がいます。
いろんな言葉が飛び交っています。
 
それは闘病中も同じ。
 
 
 
はるばる遠方からお見舞いに来てくれたと思ったら、
命の心配よりもお金の心配ばかり。
 
 
手術直後に持ってきてくれた差し入れが、
アンコたっぷりの重たい和菓子。
 
 
なるべくそっとしておいてほしい時期に、
「お見舞いに行きますから!」
との一方的な連絡。
 
 
「体調戻った?」
突然の、一言だけのメッセージ。
そのやり取りの最後には
「どうせドタキャンになるぐらいなら約束するのやめようよ」
との言葉。
 
 
挨拶もそこそこに、
「私?私はねぇ…」
聞いてもいないのに新婚生活のご報告。
 
 
他の疾患の疑いが見つかり、家族の入院・手術も重なって、
どうにもまとまらない気持ちを聞いてもらおうとした相手からの
「こっちは元気モリモリだよ!
  この連休は毎年恒例の家族旅行に行くんだ♪」
との返事。
 
 
ちょっと息抜きにお茶でも飲みに行こうか、だったはずが
「ちょっと仕事の話させてもらってもいい?
  上司が変わったらうるさくてさ」
と、営業の対象に早がわり。
 
 
「なんで言ってくれなかったの!」
と言いながら、
「甘えるの下手だからな~」
もはや人格さえも二重に責めるような言葉。
 
 
入院中・闘病中、実際に私自身へ向けられたものです。
中には、私が”親友”だと思っていた人物や親族も含まれていました。
 
 

声をかけてくれるだけでも嬉しいはずが、

会えるだけでも貴重なはずが、
「そんなことしか言えないのか…」
「この人、何しに来たんだろう…」
「仲が良いと思ってたのは私だけだったんだな…」
と、つい思ってしまう出来事の数々。
 
 
闘う相手は病だけにしたくても、
目の前の相手
ケータイの向こうの相手
そして自分自身
それらも”闘い”の対象になってしまいました。
 
心ない言葉や態度によって。
それにより気付いた、自分の中の依存心の存在などによって。
 
 
自分は当事者だからつい感情的になってしまうのだ、
と一歩引いて考えてみようとはするものの、
俯瞰的に客観的にと努めてみても、
とてもじゃないけど病人に対して向ける言葉や態度ではないよね?
弱い者に対して思いやりの持てない人間は最低だ!
そんな思いに苦しめられました。
 
言動憎んで人を憎まず
そうしたいとは思います。
 
相手にも相手の都合がある。
何より相手にも気持ちがある。
 
たまたま波長の合わない時期なのかもしれないし、
もともと少し距離を置いたほうがいい相手だったのかもしれない。
 
 
「人付き合いも腹六分」
とは、美輪様の言葉。
 
 
そう思って心を落ち着かせていると、
不思議と好転してくるんです。
 
 
ほとんど連絡を取り合っていなかったのに、
同じような境遇だとわかり
「家族同然」
と言ってくださり、たくさんの励ましの言葉を送り続けてくれる先輩。
 
 
入院に必要な消耗品を両手いっぱい買い込んで病院に駆けつけてくれた友人。
 
 
遠くにいても折々連絡をくれ、
子育てや家業でなかなか難しいながらも
「あ~、今すぐ金沢行きたい!!」
と地団駄を踏んでくれる旧友。
 
 
私が言わなかっただけなのに、
「何も知らなくて、ごめん」
と謝ってくれる友人。
 
 
「全然、気つかってないよ~」
と言いながら、
「ドタキャンになっても全然いいからね!」
「無理しちゃダメだよ!」
「迎えに行くから!」
「あ、座って座って!」
「疲れた?大丈夫?」
と声をかけまくってくれる友人。
 
 
いつでも、
大丈夫だ
と思わせてくれる家族。
 
 
そんな、私にとっての本物の人たちが
周りにいてくれる。
病がきっかけになって、人間関係が自然淘汰された。
そんな思いを、今は抱いています。
 
 
こうなるべくしてこうなった、とも思えるんです。
 
 
病気に感謝、ですね。
 
 
 
あ、晴れてきた

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今回も結びまでお付き合いいただきまして、
ありがとうございました
 
 
ではまた次回!
ごきげんよう
 
 

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