みなさま、こんにちは。
ふじこです。
一昨日、昨日からの流れで、
今日はこのテーマです。
聖域とも言えるかもしれません。
未婚の私がそこに言及するからです。
ただ、
私も、誰しも、
育てられ、躾を受けた経験はあるわけで。
それを基に、
あるいは自分が将来こうしたい、
という観点からお話することは可能です。
今まさに子育て奮闘中の方や諸先輩方にはその点をあらかじめご承知いただきまして、ご覧いただければと存じます…
さて。
以前、塾で勤めていた際。
定期的に、保護者面談がありました。
ある保護者が私の顔を見るなり開口一番
「先生っ!
うちの子、家で挨拶しないんです!
塾で教えてくれないからでしょっ!!」
………
あんぐり
とは、まさにこのこと。
なんとか我に返って、
思わずその保護者に説教してしまいました。
当時24歳の若輩者が、母親歴10年超の先輩に向かって(笑)
我が家は躾には比較的厳しかったと思います。
特に、祖母が厳しい人でした。
厳しい中にも温かい、
本当の意味での優しさを持った人でした。
その祖母から、よく言われた言葉。
「あんたがちゃんとしとらんかったら、
お母さんが言われるんやぞ」
(金沢弁なので訳しますと、
「あなたがきちんとしていなかったら、
お母さんが(人から悪く)言われるんだよ」)
子ども心に、これは刺さりました。
人間だれしもマザコンです。
程度の大小はあれど。
誰だって、最愛の母が他人から悪く言われるのは許せない。
ましてや自分が原因になってしまうとしたら…
だからいつもそう聞くたびに
「お母さんが悪く言われるなんて絶対イヤだ!!
おばあちゃん、わかったよ!
ふじこ、ちゃんとするっ!!」
心の中で決意を新たにしていました。
祖母の言葉は、
子ども心を動かす
核心をついたものだった、と言えます。
なので、大人になってから、
おばあちゃんが使っていたのと同じ言葉で
「ふじこさんは、ちゃんとしとる」
と褒めてくれた人が現れた時には、
驚きと同時に
心から嬉しかった。
一気に親近感をおぼえました。
内心で犬のように瞬間的になついてしまいました(笑)
近頃、街中を歩いていても、
また、電車やバス、公共の場所でも、
騒いでいる子どもに対して
親は一様に
「危ないからやめなさい!」
とか
「うるさい!」
としか言っていないように思います。
その言外に含まれているのは
「あんたがケガしたら病院に連れてくのは私なんだから。
めんどくさいから、おとなしくしててよ!」
とか
「いまスマホさわってんだからジャマしないでよ!」
といったところでしょうか。
そんな気持ちを感じ取るからか、
子どもはもっとかまってほしくて、
ますます言うことを聞かなくなる。
親は、うちの子はホントに言うことを聞かないと愚痴り出す。
責任を家庭以外に求めはじめる。
子どもは親に愛されていないのではないか、と不安になり、またワガママを言い出す。
そんな子どもを親はまた怒鳴りつける…
堂々巡りです。
かつてよく聞いた
「他人様(ひとさま)の迷惑になるからやめなさい」
「他所様(よそさま)に対して失礼があってはなりませんよ」
こういった美しい教えは、とんと聞かなくなってしまった。
他人様・他所様という概念自体
消えかけているような気がします。
本来、親が子にしつける範囲のことを、
学校で補わなければならないようになってしまった。
学校でも補いきれなければ、職場で教えなければいけなくなってしまった。
そうなると、
仕事の質、スピード、
その他諸々に影響が出てきてしまいます。
日本の成長が足踏みしているのも、
不景気がずっと続いているのも、
そんな根本的なところに原因があるのでは、
と私には思えてならないのです。
私だけではありません。
教育界の重鎮も、仰っていました。
「最近は親がなってない、ありえない!
ふじこちゃん、僕は日々腹が立ってしょうがないんだよ!」
と。
三つ子の魂百まで。
すべての源泉は家庭での躾です。
身を美しくすると書いて「躾」。
あなたは、美しくいたいですか?
我が子に、身も心も美しく育ってほしいですか?
ではまた次回。
ごきげんよう。