みなさま、こんにちは。
ふじこです。
さて。
いきなり手前味噌ベッタリでたいへん恐縮なんですが、
近ごろ、後輩たちから度々
「ふじこさんみたいになりたい」
と言われるようになりました。
「そんな、私のどこがいいの~」
なんていいながら、
まんざらでもないわけですが(笑)
ただ、先日は
その次の言葉に
思わず絶句してしまいました。
「今すぐなりたいんです!!
どうしたらいいですかっ??」
いや…
あのね…
私を評価してくれるのはありがたいんだけども、
まだまだ未熟な私だけど、
あなたとたかだか10歳ぐらいしか違わない私だけど、
素敵な先輩方にはまだまだ足元にも及ばない私だけど、
それでも私は私なりに今まで努力して積み上げてきたものがあるわけよ。
それを… 「今すぐ」… とな⁇
しかも端的に答えだけ教えろみたいな言い方で…⁇
…もしかして、からかってます⁇
ブラックふじこみたいになってきた…笑
じゃあ、
あなたが思う素敵な人、
素晴らしい人が、
なんの苦労もせずに
生まれながらにそうであったとでも思う?
と聞いてみると、
相手の女の子(といっても20代半ばですが)は
キョトンとしてるんですね。
どんな思いでその表情になったのかは、
聞く気力も起きなかったので定かではありませんが…
とにかく、手っ取り早く人から答えがほしいんだなと解釈しました。
自分が満たされない部分を人に求めるかのような、
なにかあったら結局人のせいにして
結果ちっとも成長できないような
そんな生き方をしているように見えてしまう。
こういう、
”答えだけ教えて子ちゃん”が激増している気がします。
仕事をしていてもそう。
例えば、書類の書き方を一字一句聞いてきたり。
なぜそうしたのか聞いたら
「◯◯さんが言ってたから」
という答えが返ってきたり。
礼儀作法に関してもそう。
形ばかり気にして、臨機応変に対応できないから、
結局相手に対して失礼になる。
”答え”は教えてほしいけど、
それを導き出すための肝心な”考え方”はスルーなんですね。
そういう場合に限って、
ペーパーテストの出来はすごく良かったりするんです。
なんでだろう??
周りも、いつも付きっ切りで
X=5だよ、とか
教えてるわけにはいきません。
5を導き出すには方程式の解き方を学ぶのが近道じゃないですか。
そこはすんなりできてるんです。
でも、実生活の、
人と人との関わりの部分では、
それがなかなかできない。
なぜだ……
確かに私も彼女と同じくらいの頃は、
いろんな事に焦っていた記憶があります。
このままじゃダメだ!
仕事も、
女性としても、
人としても、
もっともっとがんばらなきゃ…!
でも、素敵な私になるためにはどうしたらいいの⁇
いつになったら理想の私になれるの⁈
誰か教えて~!!
理想と現実のギャップに、
日々歯がゆい思いをしていた気がします。
いま思えば、そんな時
周りは決まって
「焦るな」
「一歩ずつだよ」
「日々を大切に」
そんな風に言ってくれた記憶も、
蘇ります。
今の私なら、当時の自分にこう言ってあげたい。
見た目だけなら今すぐ大変身できるけど、
中身はそんなわけにはいかない。
一見地味な、
単調な繰り返しのような、
そんな毎日の積み重ねこそが、
何より大事なんだよ、と。
耐えて
繰り返して
積み重ねて
螺旋階段を上るように一歩一歩先へ進んでいく。
その最中は、
思わぬ壁にぶち当たったり
転げ落ちそうになったり
目の前が真っ暗になったり。
時には休みながら
時には何段か降りたりしながら
時にはブツブツ言いながら
時にはクサクサしながら
時には誰かに支えてもらったり
時には灯りを借りてきたりしながら
そうやって上り続けていたら、
少しずつ先が明るくなって、
ようやく道が拓けてきた気がする。
そう思えた時、
「あなたみたいになりたい」
と言ってくれる人たちが現れた。
そういうものなのではないでしょうか。
知識と知恵と経験の積み重ねが余裕を生む
↓
はたから見て素敵な大人に見える
(本人の満足感にかかわらず)
ということだと思うのです。
人からもらったノウハウを自分の人生にそのままコピペするような道楽者を、
心から素敵だと思ってくれる人がいるとは、
私は到底思えない。
人からヒントをもらうのはよいですが、
答えは自分にしか出せないはずです。
先日のお話とも通じますよね。
↓↓↓
理想の自分は、自分にしか作れない。
羅針盤を人から借りることはできるけど、
船を漕ぐのは自分自身です。
一人乗りの船に、もう一人船頭を乗せることはできない。
船を漕ぐ体力も、
地図を読み解く頭脳も、
自分で身につけるんです。
それを諦めなかった人にだけ、
「理想の自分」獲得権が与えられる。
全国の教えて子ちゃんに、
ぜひ読んでほしいな、今日の記事。
ではまた次回。
ごきげんよう。