『異類婚姻譚』から、夫婦について考える(導入編) | 奥浜レイラオフィシャルブログ「L→R」powered by Ameba

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本谷有希子さんの『異類婚姻譚』読了。

冒頭から、


「ある日、自分の顔が旦那の顔そっくりになっていることに気が付いた。」

ときた。

なんの先入観もなければ、仲睦まじい夫婦像が浮かび微笑ましく響くこの一文。
作家本谷有希子というフィルターにかかると、そうは思えない。
しかもタイトルは異類婚姻譚。軽くホラー。

『劇団、本谷有希子』は「遭難、」「甘え」「クレイジーハニー」…など何度か観に行っているけど、
本谷さんといえばヒロインとなるのは「大袈裟」で「自意識過剰」な女性たち。小説も然り。

でも、今回はそんな本谷節は控えめだった。

専業主婦の主人公(サンちゃん)の淡々とした語り口で、一緒に暮らす旦那を客観視しながらも、「顔面の変化」さえも共有していき、やがて互いを飲み込み合っているような感覚に陥る…という、現実と寓話が混在したようなお話。

全てを共有していくことが果たして幸せなのか、それとも恐ろしいことなのか?

そこに現れる本谷さんの”夫婦観”が興味深い。
そして、理解ができるような気がする。
夫婦になった経験はないが、人間関係において似たような感覚になったことがあるからだ。


この話を”家族”でなく”夫婦”のものにしたのも、きっと「切ってもいいし、切らなくてもいい人間関係」でなければ成立しなかったからだろう。

二人に子供がいるような家庭の話として書いてしまうと、「親としての義務」という(今回に関しては)余分な感情を与えてしまう。
たった二人きりの関係にしたから、血のつながりがない者たちの密度の濃い人間関係が浮き彫りになった。


本の中で、何度か読み返した箇所がいくつかある。

ネタバレを避けて書きます)

二人きりの人間関係と言いつつ、他にも登場人物が何人かいる。

同じマンションに住む、猫を飼うおばちゃん(キタヱさん)夫婦。
キタヱさんはサンちゃんのお茶飲み友達だ。でも、それほど深い付き合いではない。

そのキタヱさんが、時々ハッとすることを口にする。

体調が悪いと言って会社を早退したサンちゃんの旦那が、「最近体がだるい」なんて話しながら、チャリンチャリンとただコインを集めるだけのゲームに没頭している。

そんな話をキタヱさんにすると「お経よ、それ」
「たぶん、サンちゃんのご主人はね、頭の中から苦しいこととか、嫌なことを全部追い出したいんだ。(以下略)」
と、返ってきた。

ぞくっとした。

電車の中で、携帯ゲームに没頭する人たちの姿が浮かんだ。
そうか、お経か。
新しい娯楽だと思っていたが、今も昔も人が求めるものは変わっていないんじゃないか。
みんな何かを振り払うために、コインを集めているのかもしれない。
娯楽、と言い切るのも疑問に思えてきた。


これ以上書くと、これから読む方の楽しみを奪ってしまいそうなので控えるが、他にも読み返したくなるようなやりとりが出てくる。

本谷節は控えめだが、普通の暮らしの中にある気持ちの悪い部分、それなのに知らないふりをしていることにさりげなく光を当てている。
この点で、やっぱり本谷さんの小説だ。

他作品だって、自爆系ヒロインの表面に出現した小さな違和感をぐいぐい押し広げて、最後にはドカンと破裂させる。
今作も一見物静かだが、タバコで空けた穴が少しずつ広がるように、気味の悪さが心を侵食していく。
新境地でありながら、本谷さんらしさをしっかり感じられる小説だった。


夫婦というテーマは、まだまだ掘り下げられるような気がする。
今回は導入編にして、また書きます。

異類婚姻譚、面白かったです。

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