最近起こったことすこしまとめ

7/3
八年間、共に過ごした私の愛しい子
モルモットのみくるが旅立った…

彼と過ごし、5年過ぎたあたりから
毎夏、毎冬迎えるたびに、今年の夏は越せるだろうか…
今年の冬は寒いし厳しいかなぁ…
なんてことを考えてはいた。

モルモットの寿命は5年から八年ほどと言われているが
実際は5年そこそこのようだからだ。

六月後半、急に餌を食べなくなった
フンも小さくなり、これはいよいよか?
などと覚悟を決めたりもした。
それでも食欲が落ちたわけではなく、好きな野菜は結構食べてくれた。

バジルや三つ葉、セロリ、パセリをもしゃもしゃと食べてくれた

いつ最期の晩餐になるかもわからないので
すきな野菜をたくさん買って与えた。




食欲が落ちてからはいつ調子が落ちるかわからず
彼と出来るだけ一緒に過ごした。

だんだん歩けなくなってきた。

食べた後はお腹をマッサージしたり
動きにくくなった小さな足をマッサージしたり、動かしたり。
最期の一週間ほどはほぼ寝たきりになってしまって、それでも野菜は食べてくれたり。

病院の先生には、こんなに長生きな子は初めてだと言われた、よくがんばってくれていると。

ちいさなからだで、年老いているし
もっと生きてほしいなんてわがままはとても言えなかった。
だからきったりするような痛い目はさせず
そのときを共に待った。

青汁とりんごジュースを混ぜたお薬を注射器のシリンジであげると、
美味しいのかもぐもぐしたりして
ペットシーツにくるんで、まるで赤ちゃんのようだと娘が笑った。

年を取るって、老いるって、赤ちゃんに戻るって言うけど、まさにそれ。

二時間おきくらいにマッサージしたりして、赤ちゃんと過ごしているようでした。

ある日の夕方、娘が冷蔵庫を開けると、その音を聞いて
野菜をもらえるとおもったのか、小さく
ぷいぷいと鳴いた。
あ!みくる鳴いてるわ!と飛んでいくと
その声が小さくて、娘には聞こえなかったらしく
おかんわかるねやーって笑ったけど
私には聞こえた。

セロリをあげるといつもどうりもぐもぐしていた。

それを確認して、ちょっといってくるわなー。と娘を皮膚科に連れて行った。
とにかく混むところで、2時間くらい待ったかな?買い物して帰宅

みくるのようすが明らかにおかしい

ぐったりしている。
いつもそんな寝方しないのに、というような、反った形になっていて
抱き上げると力が入っておらずグニャグニャで

ああ、これは、ついに来たなと、悟った。

抱き上げて、心臓あたりに手をやると動いているし、あたたかい

ムスメに、みくるの生きてるの、これでさいごやとおもうわー
なんて言って、娘も頷いて。

それから少しして、みくるは吠えるように
数回口を大きく開けた。

その昔聞いたことがある

肉体をぬぎすてて魂だけになるとき、すこし苦しいって。

なんかその言葉がふと脳裏に過って…

みくるの心臓の鼓動が感じられなくなり
何度も耳を当てて見てもわからず
ずっと抱っこしてたけど、どんどん体温は下がり、肢体は硬くなり

あぁ、いまだいているのはみくるの抜け殻なのだなぁということを実感した。


私はお年寄りと共に暮らし、死を看取るようなことがなく育って来たから
こういう形でのお別れは、みくるが初めてでした。

年を取るということ、肉体が老いるということ、そして迎える死。

悲しいけど、抗えない

もっと生きて欲しいなんて軽く口にはだせない。

生きとしいけるものは全て、産まれた瞬間から、死に向かうというよね。
それを見せてくれたなあと感謝です。

彼は、八年間、私の一番辛く苦しい時期を支えてくれた、癒してくれた存在でした。
本当に長く暗いトンネルを延々彷徨っている、そんな時にいつもそばにいてくれた。

随分とよくなって来たのに、もっと、もっと最高の状態になった私を見て欲しいなあなんておもったりもしたけど
そんな私の勝手には生きてるわけではなく…

もっとしてやれることあったかもしれない

そんなことを考え出したらキリないけど
やっぱりこれはどうしてもつきまとう。


いつか、私も肉体を脱ぎ捨て、魂だけになって
たましいのありかにゆくときは
また彼に会えるときは
もっと成長した私でありたい。

今はこれにつきます。



蝉の鳴き声がする
もう夏だ


もしかしたら、セミのように
今生きている状態がセミに例えたら地中に眠ってるようなもので

死ぬ、肉体をぬぎすてる、魂だけになることがセミの羽化からの成虫になるような…
本当はそうかもしれないじゃない?
そっから先が本当の生き物の在り方で
スタートかもしれないね。

なんてことを繰り返し思う初夏。


なのでした。



それではまた、ちゃお!
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