乳房再建手術(右広背筋皮弁 わきの下切開)は2月5日でした。

5月5日の今日でちょうど3か月 

ドナーのわきの下の手術痕と右胸の手術痕に

優肌絆を3㎝ぐらいに切って貼ってきました。

傷あとはまだ、固いところがあります。 

きれいに育てるために、テープからシリコンジェルシートに

切り替えようと思っています。 メピフォームをネット注文して

防水フィルムロールをマツキヨさんで買ってまいりました。

 

10連休中に乳房再建の記事を10件アップと

目標を立てて、今日が10件目。

あと2件ぐらい書こうかなと思っていたことがありますが

術式の詳細を書いてどうするの?とか

病院名が特定されないようにとか悩ましいことがあるので。。。

 

10連休も明日で終わり

明後日から出勤です。 お仕事モードに戻らないといけません。

なんとなく終わってしまうのはもったいないので

今日はイベントを入れて、お寿司教室に行ってまいりました。

ラベンダー作 お花の花びらがあちこち向いています。

これは先生作のお手本 花びら4枚がピシッと

0度 90度 180度 270度 にそろっています。

左がラベンダー作でカエルさんの輪郭がぼけています 右が先生作

キャリアの差は歴然です

 

 

退院してから、「乳房再建はうまく行かなかった」ということが

常に頭から離れず、一人ぼっちで乳房再建について

話せる人もいなくて鬱になりそうでした。

ネットを検索していると乳房再建サロンの常連ブログを見つけました。

入院した病院で同室だった、「全摘+穿通枝遊離皮弁同時再建」の

彼女は同じ主治医の執刀で成功し、大満足して退院していったことで

全摘からの乳房再建と、温存からの乳房再建は別物だと

思い始めていました。 そんなこともあって、

温存術から乳房再建した人のお話が聞いてみたくなり、みやびさんに

「温存から乳房再建に特化したサロンの開催はありますか?」と

お尋ねしたところ、「特にそういう企画はないです。」という

お返事をいただき、そうなんだと参加をあきらめていたところ

「経験者達の生の声を聞くことは、段違いに情報量が違います。

そこを経た患者は、その後の気持ちや方向性が当然、

変化していきます。」と粘り強くおすすめしていただいて、

横浜浦舟サロンの4月20日は別の先約があって行けなくて

4月13日のシャロン前橋に参加してみようと思い立ちました。

自宅から前橋まで車で3時間強かかります。

群馬県立図書館3階のお部屋のドアを開けるまで

「疎外感を味わうのではないか 浮いてしまうのではないか」と

心配しましたけれど、全くの杞憂でした。

笑顔で温かく迎えてくださって、お話を聞いていただきました。

初めて参加したお方(私以外に3人)が、会が終わるころには

笑顔になりスタッフのお夕食会まで参加して元気になるのを

見て、なんてすばらしい活動なんだ!と感動しました。

 

私自身の混沌としていた部分もクリアになりました。

主治医は、「パッチワークになるから皮膚は入れない」

と主張して、外向き乳頭と小さい患側が出来上がりました。

・パッチワークにしない(皮膚を入れない)

ことと

・外向き乳頭を前向きにして左右のボリュームの

 アンバランスをそろえる

ことはトレードオフの関係で、どちらかを優先させるしかなく

私は、「温泉で10メートル離れて見られたときに

形が整っているほうが良い」ということが希望なのですから

主治医に「皮膚を入れて形を整えることを優先させてください」

とオーダーすればよかったわけです。

それは、シャロン前橋で、佐武先生作の

皮膚がたくさん入ったお胸を実際に見せていただいて

10m離れたら全くわからない問題ないと理解したから

考えがまとまったのです。

 

車の流れが良く前橋には早く到着してしまい

群馬県庁展望台  ヴォレ・シーニュ でランチをして

シャロン前橋スタッフのお夕食会に参加し、夜は

四万温泉に一泊して、楽しい週末となりました。

 

メモ

みやびさんのブログにもあるように

乳房再建サロン 横浜でも前橋でもご自宅のお近くでも

いいのでぜひぜひ参加してみてください。

たくさんの実りがあると思います。

乳房再建の手術の後に貼った、一般的なテープ(絆創膏)に

かぶれて、お取替えとなりました。

私は化粧品などにかぶれた経験が一度もなく

お肌は弱くないと思います。

ごく普通に病院で使うテープにかぶれることもあるんですねー

退院するときには、ニトムズの優肌絆(ゆうきばん)という

テープを病院の売店で買いました。 

こんな昭和レトロなパッケージです。

 

術後1か月半が過ぎたときに、形成外科主治医先生に確認して

万座温泉湯治に出かけました。 

万座は、硫黄濃度日本一 強酸性PH2のお湯です。 

傷にどうなのかなと思っていましたが、

「くっついているから大丈夫」ということなのでした。

温泉が近づいたころ、

「あー 優肌絆を家に置いてきてしまったガーン」と気づいて

群馬県の温泉近くのウエルシアで「優肌絆ください」と

言ったところ、これしか置いていませんと

3Mネクスケアマイクロポアテープを出されて買いました。

 

 

湯治の最終日に貼り換えて帰宅しました。

貼って2日ぐらいした時でしょうか かぶれました。

術後に病院で出たものと同じ赤い透明な水ぶくれが出ました。

病院が術後に最初に貼ったのもたぶんこの商品ですねー

すぐに優肌絆に貼り替えて、病院外来に電話しました。

ラベンダー「先生、入院していた時、水ぶくれに何かシートを

小さく切って貼ってもらったと思うのですが

どういうケアをすればいいですか?」

形成外来主治医先生「デュオアクティブ」

ラ「それは薬局で買えますか?」

先生「ジョンソンエンドジョンソンのえーっと何だったかな?

えーと、、、えーと。。。、」

ラ「探してみます ありがとうございました」

というやり取りの後、検索してみると

先生がシートを3㎝角ぐらいの角丸に切り抜いて貼ってくれた

デュオアクティブはハイドコロイド という素材

のシートだとわかりました。

ジョンソンエンドジョンソンのハイドロコロイド市販品は

キズパワーパッドという商品名です。

水泡が破れないうちにすぐに貼りたかったので、

職場の保健室に聞いてみると、

「たぶんこれでしょう」と試供品をひとつもらえました。

ニチバンケアリーヴ治す力 

ケアリーヴ治す力はかぶれなかったので

先生おすすめのキズパワーパッドにチャレンジするのはやめて

安全確認の出来たケアリーヴ治す力を買いました。

乳房再建の手術をしたのは2月の初めで、

その時のテープかぶれの水泡の痕は3か月経過した

今朝でもまだ残っています。

 

メモ

3Mネクスケアマイクロポアテープは病院が採用して使用し

群馬県の温泉地近くのドラッグストアでも唯一置いている

スタンダードな商品です。 

一般的なテープにかぶれることがあります。

入院したら、パッチテストをしてもらうと安心だと思います。

乳房再建の手術を受ける前に情報を集めて

勉強しないで、病院におまかせにしてしまったことが

満足度50%の結果になったのだなと思い

今更もう遅いですが、術後に勉強を始めました。

佐武先生の
マンガと図解でよくわかる! 乳房再建のすべて

 

の本の中に、温存手術からの乳房再建の症例があり

乳頭外向きが改善されていました。

以下、この本からの抜粋です。

ちょっと省略

ちょっと省略

 

症例写真はこちら

(美香子先生に倣って乳房のお写真は外リンクしました)

 

広背筋皮弁術をする前に

エキスパンダーで皮膚を伸ばして、外向き乳頭を

前に向けています。

全摘の方がエキスパンダで、きれいに全体的に

皮膚を伸ばすことが出来るのはよく知っていますが

温存で傷のある外側の皮膚でも狙って伸ばすことが

できるものなんだーって不思議です。

この例では温存術後5年で再建しています。

私は11年経過していて、癒着と拘縮が進んでいて

いきなりエキスパンダを入れてもきれいに伸びないような

気がします。  5年目であれば私もそれほど

傷の癒着が進行していなかったと思います。

 

メモ本

テキストでいろいろな症例を勉強していれば

再建手術をする前に、主治医に、自分の状態に似た

症例を治した術式を提案することが出来ます。

これから再建なさるみなさまには、手術前に

情報を集めて勉強して、主体的にかかわって

成功させてほしいです。

乳房再建を執刀してくださった形成外科の主治医は、

偉そうにしない、少年のようなピュアなハートを持ったお方と

いう印象があります。 正直に

「温存の再建のほうが(全摘の再建よりも)むずかしいよ。」

「左右対称にするのは難しい」

と手術前におっしゃっていました。

 

私のちょうど1週間前に、全摘して同時再建手術をしたMさんは

退院までの数日間同室でした。 

彼女は腹部からの穿通枝遊離皮弁で

14時間の長丁場の手術だったそうで、

執刀した主治医(私と同じ)はへとへとになり、

家族は手術後に気の毒で声をかけることも出来なかったそうです。

彼女は、「とてもよくできた。 大満足です。」と喜んで

退院していきました。 彼女を見送り、私も、

乳がんの手術をする前と同じ状態に戻って

退院できるんだと希望にあふれていました。

明日退院という日にシャワーの許可が出て

看護師さんが介助してくれてシャワーを浴びたときに

術後初めて鏡に映った自分の胸を見て衝撃を受けました。

「外向きの乳頭がそのままで治っていない!ガーン

「患側が健側よりもずっと小さい!ガーン

2週間の入院をするために、引継ぎマニュアルを休日出勤して

作ったこと、全身麻酔の手術をしたこと、術後吐き気に耐えたこと

ドナーに大きな傷が出来たことが走馬燈現象のように頭を巡って

これほど犠牲を払って、手術は失敗だったんだーとショックでした。

 

冷静になった今は、手術は0点ではなくて50点ぐらい

満足度50%ぐらいだと思えるようになりました。

 

乳腺外科主治医のM先生に紹介状を書いてもらって

形成外科を初めて受診したのは2018年8月下旬

次の受診は11月だったと思います。 まだ再建をする

決心はついていませんでした。

 

5年ぐらい前から温泉が大好きになりました。

おマタは隠さなくても、肩からタオルをかけて

右胸の温存手術の傷は隠して、湯船に入るときに

さっとはずして頭に巻きます。

大好きな温泉は群馬県の万座プリンスホテル

万座高原ホテル 露天風呂が共用で(混浴)

湯あみ着かバスタオル巻き付けが義務付けられているので

胸の傷を気にしないで標高1800mの絶景露天風呂を楽しめます。

ファミリーやカップルが多く、私も20年ぶりぐらいで

息子と一緒の露天風呂に入りました。

↓露天風呂はカメラ持ち込み禁止なのでこれは公式サイトからお借りした写真

 

茨城県の、地元の高齢者が多いマイナーな温泉に

行ったときのことでした。 私が前かがみの姿勢になった時に

タオルがずれて、傷がひきつれて大きく陥没した右胸が

見えてしまったのでしょう。おひとりのご婦人がじっと私の右胸を

凝視し始めました。 その方の視線が私の右胸にロックオンされて、

どこに移動してもレーダーのように追いかけられました。

いたたまれなくなり、せっかくはるばる出かけた温泉を早々に

上がってしまいました。 

形成外科で撮影するときの姿勢ならばそれほど目立たない変形が

前かがみになると変形が顕著になります。 温泉ではかけ湯をしたり

手すりにつかまってお湯に入ったり前かがみになる動作ばかりです。

 

11人に1人乳がんに罹患するということは

11人に10人は健常な人です。

温泉で、乳がんの知識も経験もない健常な人を

驚かせたくない、再建しようと決心しました。

 

 

 

 

温存手術の事前説明では術後の変形について

「温存手術によって、乳首は健側よりも高い位置になり

外側を向きます。」という説明がありました。

そして、今は当たり前でしょうけれど、

11年前でも再建のお話もありました。

「きれいに再建することも出来ます。

その場合は手術の仕方が違って皮膚を残して

乳腺をくりぬきます。 岩平佳子先生に

紹介状を書いて取次ぎます。 自費で150万円かかります。」

という内容だったと思います。 

11年前の話なのでうろ覚えな部分があるかもしれません。

その時は、なによりもまず命をつなぎたい、乳がんの治療が

最優先という気持ちが強く、温存手術を選びました。

 

術後の放射線治療のときに、放射線の医師から

「きれいに縫ってありますね」と言われました。

自分では、他の乳がんの患者さんの傷痕を見せてもらったこともなく

ピンと来なくて、変形は悲しいなーと思うだけでした。

放射線の医師は朝から晩まで温存手術の患者さんを

診察しておられるので、相対的にきれいに縫ってあるほうだと

おっしゃったのかなと思います。

 

数年前から、前かがみの姿勢になった時に温存手術の傷痕が

強く変形するのが気になり始めました。

前かがみになると、傷が下に引っ張られてクレバスのようになり

右乳房のAB領域(私はC領域を切開しています。)に

大きな陥没ができるのです。

「もうタスオミンは卒業しましょう」と言われた診察の日に

乳腺外科医の主治医のM先生に

「先生、乳がんの手術の直後は気にならなかった凹みが

ここ数年気になります。 これって、加齢によって

脂肪が減ってしまったんでしょうか?」と

質問すると、M先生は

「傷は治るときにまわりの組織とくっついて治りますから

その影響です。 気になるのならば、紹介状を書きますから

形成外科の先生に再建のお話を聞いてみたらどうですか。」

ということになりました。 紹介状を受け取りに行ったときには

「初診の予約も取っておきましたから行ってください」

ということで、再建に積極的なM先生に

背中を押されてアセアセ形成外科を受診することになりました。

 

本 メモ

セルポートクリニック辻直子先生

乳房温存術後の再建の問題点

にわかりやすい説明がありました。 

図をお借りして貼ります。

 

皮膚は一枚続きになっていて

前かがみになると、乳房もデコルテ部分も連動して動くのに

乳がんの傷の部分は深く癒着しているために動かないから

ひきつれて、傷はクレバスになり、AB領域に陥没が出現すると

理解できましたチョキ

 

 

 

11年前に乳がんが見つかった時の直前の半年間は

それまでの人生にないストレスを受けていました。

乳腺外科主治医のM先生に、「ストレスにさらされたから

乳がんを発症することはありますか?」と

尋ねたとき、「関係ないです。 ストレスない人ても

発症します。 半年間で乳がんが19㎜に成長することはなくて

もっと前から年単位で大きくなっていったと思います。」

という見解でした。(11年前の見解です)

 

私の母、叔母(母の姉二人)、従妹、祖母二人、

大叔母(祖母の妹二人)、曾祖母まで遡っても

乳がんに罹患した人はいません。

乳がんの遺伝的な要素はないと思います。

昭和2年(約90年前)の祖父母の結婚式の写真です。

中央が祖母、右隣が曾祖母、その右隣が大叔母(祖母の妹)です。

祖母は心臓弁膜症で40代で亡くなったので私は会ったことがありません。

 

息子は1992年生まれの26歳

乳幼児のころは情緒が安定して全く手のかからない子供でした。

ヨーロッパ線の長距離飛行機に乗せても大人しくしていることが出来て

ホテルで走ったり騒いだりしない良い子でした。

 

中3の時に家庭の事情で中学校を転校させたことが

きっかけで適応障害を起こし、死にたい気分に悩まされ

・リストカットをする

・屋根裏収納の手すりに首吊り用の電気コードを結びつける

・ワイパックス(抗不安薬)を80錠まとめて飲んで昏睡する

といろいろやってくれました。

児童精神科の医師に、

「お母さん、息子さんが自傷行為をしないように24時間見張ってください」

と言われ、息子が眠ったことを確認してから深夜に

隣町の24時間スーパーに食品を買いに行き

仕事はやめられない事情があったので

帰宅したときには

「どうか息子が家の中で元気にしていますように」と

祈ってから鍵を回す毎日でした。

ワイパックスを飲んだときには、

「お母さん!いったいクスリの管理はどうなっているんですか!」

と怒鳴られました。 学校のカウンセラーには

「もう私の手には負えません」とさじをなげられました。

私もストレスの限界が来ていて、息子に母親としてあるまじきことを

言いました。 「お母さんはもうこれ以上持ちこたえられないよ。

もし本当に死んでしまったらそのときは寿命だったとあきらめます。 

病気で死ぬ人がいるように精神病で死ぬ人もいる。」

その後、息子は、自傷行為をしなくなり、中学受験で失敗した

一貫校の高校入試にリベンジも果たして高校生になって

少しずつ落ち着きました。

乳がんがわかったのはちょうどそのタイミングです。

半年間のストレスで免疫力を落として、がんが増殖したのでは

ないかなというのが私の推測です。

 

連休中毎日ひとつ記事を投稿すると決めたのですが

ガーデニングチューリップとかパンパンとかお菓子カップケーキのブログ記事と違って

簡単に書けません。

 

11年前の3月 息子は中3 15歳

高校受験も終わったタイミングで

「2年ぐらい乳がん検診をしていなかった」と

市の乳がん検診を受けたときに、19㎜の乳がんが見つかり

再検査となりました。

見つけてくれた病院の男性医師は

「どんどん切っちゃいましょう」みたいなノリで

なんだか怖くなり、セカンドオピニオンを

求めました。 

セカンドオピニオンは、今は自費で

1時間1万円 画像読み取り料5000円その他の

料金がかかりますね。 当時は、

「セカンドオピニオンするのでフィルムとデータ貸してください」

「はいはいー良いですよ」

と簡単に借りて、別の病院で普通に受診していたものでした。

 

「女性にとっておっぱいは大切なもの」と語る女医のM先生に出会い

その病院に決めました。 

実家の両親が、がんセンターの

予約を取って来て、2軒目のセカンドオピニオンを

してみたらと勧められましたが、M先生が信頼できて

相性が良さそうだと思えたのでがんセンターは断りました。

 

術式は温存術

治療法はどんどん進化します。

2008年ごろのトレンドは温存至上主義の時代でした。

乳がんの病院別温存率ランキングが新聞や

健康雑誌に載って、「温存率の高い病院が優秀な病院」

といった印象がありました。

 

標準治療は

①温存手術(リンパ廓清必須)

②抗がん剤

③放射線治療

が3点セットで私ももれなくおすすめされました。

②の抗がん剤だけは、受け入れがたく自分の意志で

延期しました。 放射線治療に来ていて

友達になった女性のみなさんはウィッグをつけて

放射線治療に通っていました。 

数年後、主治医に「先生そういえば抗がん剤は

もうやらなくていいのですか?」と尋ねると

「抗がん剤の効果がないタイプだったから

もうやらなくていいです」と言われました。

3点セットでおすすめされたのは何だったんだと

思いました。

タスオミンを10年飲んで、昨年2018年の夏に

「もうタスオミンは卒業しましょう。 これからは

年一回の検診に来ればいいです」と言われて

治療が終わりました。

 

アメーバブログに

きれいになりたい おけいこ日記

というタイトルで10年前に開設して

メイク教室の記録や美容日記を残していました。

10連休は温泉湯治に行きたいところですが

宿泊料が跳ね上がるので、お家でガーデニングと

ブログ更新で過ごそうかなと思っています。

大好きな万座温泉に1泊だけ行ってきました。

関東が雨の土曜日 標高1800メートルの万座温泉は雪でした。

 

復活ブログのタイトルは

「きれいになりたい おけいこ日記」

「きれいになりたい おけいこ日記 温存術からの乳房再建」

とちょっと変えて

ブログ説明は全面改訂です。

「2019年2月初めに、乳房再建手術を受けました。 満足度は50%
乳房再建について勉強することなく病院におまかせで安易に
進めてしまったことを後悔しています。手術は終わってしまい、
今更ですが勉強してわかったことがたくさんありました。
再建を考えておられる皆様のお役に立てるかもしれないと思い、
放置されていた古いブログを発掘して再開し記録に残したいと思います。」

(128文字までだというのでエラーになり短くしました)

 

ひとつ前の記事は2014年11月24日 23時22分と5年間放置

ブログのテーマが全く変わり、

乳房再建の記事更新のお知らせが行くと

ご迷惑してしまいそうなので、

以前の公開フォロワーさんはいったん解除しました。

私の知らない非公開フォロワーさんには

記事更新のお知らせが行ってしまうと思いますので、

解除は適宜よろしくお願いいたします。<(_ _)>