本日、多少バタバタしておりまして、表題そのままをぶん投げて
書き逃げ
になりそうですが、分かる方にはわかるかも。
というか、私にはわからないので誰か受け取ってプリーズ。
愛子さんといえば、今上陛下の長女愛子さん。
皇室ファンの方はお詳しいと思いますが、直系にあと二人愛子さんが
いらっしゃいます。
一人は柳原愛子。
柳原 愛子(やなぎわら なるこ[1]、1859年6月26日〈安政6年5月26日〉- 1943年〈昭和18年〉10月16日)は、明治天皇の典侍。大正天皇の生母、昭和天皇の祖母、上皇の曾祖母、今上天皇の高祖母にあたる。
もう一人は中山愛子。
中山愛子(なかやま あいこ、1818年(文化15年) - 1906年(明治39年)1月28日)は、江戸時代末期から明治時代の人物。明治天皇の外祖母。
肥前国平戸藩主松浦清の十一女として平戸に生まれる。母は側室の森氏。初名は千代姫、後に愛姫と改める。姉の夫である園基茂の養女として中山忠能に嫁し、2男1女(忠愛・忠光・慶子)を産んだ。
慶子が孝明天皇に仕え、やがて皇子祐宮(後の明治天皇)を産むと4歳時までその養育を任された。後、明治天皇の皇子明宮嘉仁親王(大正天皇)の養育にもあたっており、天皇2代の養育に関わったことになる。
Wikipediaより
中山愛子さんは、明治天皇の母方の祖母に当たり、明治帝、大正帝の養育にも関わられた方だそう。
血筋だけでなく、養育までされているという事は、天皇ご自身に強い影響を与えた方。
ご出身の肥前国は、陰謀論者に言わせたら、もう。
Wikipediaによる
>室町時代末期にポルトガル、スペインの宣教師が相次いで来訪してからは西洋の窓口の一つとなり、天正少年使節団を出すなどした。
この一文だけでも、ぷんぷん臭いますでしょ?
敬宮愛子さんがお生まれになった時に、お血筋に「愛子」が二人もいらっしゃることを
無視して名づけをされたとは考えにくいですよね。
何かの、明確な示し。シグナル。そんな感じ。
ということで、何かの参考になれば幸いです。