ブロ友の杉山さんと話していて思ったんですが。
日本って、お大尽がいなくなりましたよね。
お大尽までいかなくても、「お手伝いさん」とか「書生」とか
住み込みで置けるような経済状態の人が。
今でもお手伝いさんを雇っている家もありますが、
余程のお金持ちという印象です。
昔は割と気軽にいたと思うんだけど。
ねえやに面倒見てもらって育った人とか、今いないじゃないですか。
お嫁に行く前に「行儀見習い」で良いお家に少しの間お手伝いで入って
色々学ばせてもらって箔もつけてもらうみたいな。
例えば学習院に通う坊ちゃまを送っていって、そのままお帰りまで待機。
編み物などしてのんびり過ごし、一緒に帰宅。
待ってないで帰ってきて仕事しろとか、なかったみたい。
実話です。(学習院には専用控え室が昔はあったらしい)
全然あくせくしてないの。
丁稚奉公なども辛いけど、今みたいに頑張って学校へ行かなくても、
食べていける道はあったわけで。
お勉強ができなくても、出来ないなりの仕事はあった。
身体や知的に障害がある人でも、面倒を見てくれる家があったと思う。
(人権を無視して働かせたり、問題もあっただろうけれど)
貧しかったり、困っている人達の面倒を、みてやれる個人が
いなくなったなあって思います。
小学生の頃、友達が住んでいた広くて古い社宅には、
お手伝いさん用の三畳間がありました。
財閥系の会社だったけど、今だったら住み込みのお手伝いさんを
社宅住まいで雇うなんて考えられないと思います。
今の日本は、個人で人を雇える余裕がある人がすごく少なくなったし、
お給料は少なくていいから、衣食住がとりあえず確保できる仕事
というのもなくなった気がします。
貧富の差が少なくなって、平等な社会だというけれど、
良くなった実感は、正直ないような。
江戸時代って、社会保障とかないけれど、なにかしら働きさえすれば
なんとかやっていけるシステムはあったみたい。
ひきこもってたら、おまんまの食い上げというのもあるけど。
(江戸のシステムは、よく出来てます。究極のエコ社会でもあるらしいです。)
- 江戸に学ぶエコ生活術/CCCメディアハウス
弱い立場の人は、現代は逆に辛い世の中かも。