全くの他人事、だけれども。

気になることをブログで読んで、気持ちがざわつきます。

カルトについて調べてみました。ウィキペディアからの転載。

カルトの特徴[編集 ]

マイクル・シャーマー によれば、一般的に以下のように性格づけられる。

指導者に対する崇拝
聖人 、あるいは神格に向けられるものとさして変わらない賛美。
指導者の無謬(むびゅう)性
指導者は絶対に間違いを犯さないという確信。
指導者の知識の広さ
哲学的な事柄から日常の些細なことまで、指導者の信条や口にすることはなんでも無条件に受け入れる。
説得のテクニック
新たな信徒を獲得し、現状の信仰心を補強するために、寛大なものから威圧的なものまで手段はさまざま。
秘密の計画
信仰の真の目的と計画が曖昧としている、あるいは新規入信者や一般大衆にはそれらが明確に提示されていない。
欺瞞
入信者や信徒は、その頂点に立つ指導者や集団の中枢部に関してすべてを知らされるわけではなく、また大きな混乱を招くような不備や厄介事に発展しそうな事件、あるいは状況は隠蔽されている。
金融面および性的な利用
入信者や信徒は、その金銭およびそのほかの資産を差し出すよう説得され、指導者には一人かそれ以上の信徒との性的関係が許されている。
絶対的な真理
さまざまなテーマにおいて、指導者、あるいは集団が見いだした究極の知識に対する盲信。
絶対的な道徳観
指導者、あるいは集団が確立した、組織の内外を問わず等しくあてはまる、思考および行動に関する善悪の基準への盲信。その道徳の基準にきちんと従えば、組織の一員としていられるが、そうでない者は破門 されるか罰せられる。

規模の大きさは色々あるけれど、カルトの定義はこれで大体

説明できると思います。


喩え個人経営でも、カルトはカルト。

スリーピング・ドール/文藝春秋

この本に出てくるのは、とても小さいカルト。

宗教団体ではないが、女性を支配し、意のままに操っている。

コントロールする相手を家族はもちろん、それまで属していた

コミュニティから引き離し、性的にも支配(確かそれもアリだった)。

精神的にも肉体的にも自由を完全に奪い、しかも奪われているという

自覚を感じさせないという。

もしも嵌ってしまったら、そう簡単に抜け出せないのがカルト。

信じている自分は特別だと思っていることが多いし、

何より悪気がない。


法外なお金を要求するだけが良くない宗教的集団の特徴じゃない。

清貧で、一見素晴らしいと思えるような考え方と行動をし、

押し付けがましくもなく。

某有名カルトみたいに壷や印鑑を売らせたりも多分しない。

教祖またはリーダーの目的はお金ではないから。

信者の心と身体の完全なコントロールだから。

正直、お金が目的の方がいっそのこと清清しいわ。


昔からこういうのあるんだろうけど、腹が立ちます。

どこがいけないのか、すぐにはわからないカルトの代表が

カタリ派だと思います。

最終的に、弾圧され、殲滅されたそうですが。

信者は最後まで自分たちは正しいと信じて疑わなかっただろうし、

宗教裁判にかけるカトリックの方でも、彼らが何故異端で排除されるべき

危険な思想であるかを喝破するのは簡単でなかったと思います。

(カトリックも当時堕落していて批判される立場であった)

巧妙なのよね。

信者本人より、縁を切られた周囲が気の毒。

カルト信者本人が幸せかどうかは、知らない。