切ないような悲しいような苦しいような、とにかくたくさんの負の感情がないまぜになったような時にこうして長文をブログに書く。
携帯からの更新なので長さに気をつけねばならぬ。決まりに縛られ、逃れることかなわず。さりとて、文字数把握はしておらぬ故…。
今日、厳しい人なら昨日、私は割と充実した1日を過ごした。そこにあったのは私が理想として描いていた日常だった。しかし得難いものをこうして何もせず得てしまい充足感とともに現実の厳しさを知ることとなった。
やはり分不相応なことはやるべきではなかったのかもしれない。今の私を包む暗い靄はやがて忘却の彼方へと消え去るだろう…。だけど、今日くらいは君を抱いて寝よう。
もはや定番の挨拶となりつつある、「お久しぶりです。はーく、ことラビです」は今回使わないでいこうじゃないかと先ほど脳内会議で過半数の票を勝ち取り、決まった。しかしながら、次に上がった議題は、「どんな挨拶を使うか」であった。こうなると、もはや会議ではなく戦争が始まる。誰も一歩も譲らずに自分の意見が正しいと疑わず、押し通そうとするのだ。だが私はかしこい。なぜならばその隙をついて1人このブログを更新しはじめたのだから。

さて、タイトルの話に戻るとしよう。
みんなは暇な時間というものに対してどのようなアクションを起こす?
趣味に、仕事に、など様々であろう。全く関係ないが、ここで他の例が思い浮かばなかったことに気付けた人間は私のことを知りつくしていると言っても過言であろう。
私は暇な時間は暇なまま過ごす。何故なら暇な時間としてそこに暇は与えられたのだから。
そう。人生に暇な時間はあれど、無駄な時間などないのだ。

時間で思い出したが、誰にでも等しく時間は流れる、というのは間違っていると思う。同じ時間を共有することは出来てもその人の中で流れる時間には差が出る。感じる時間と流れる時間は、違うのかもしれない。

特に何かを言いたい訳でもなく、ただの暇つぶしにブログを書こうと思い立ったらこうなった。一番上の話、最初から1人だったことを理解した上で読んでほしい。一応、つけくわえておこう。
\アーイヤイヤ/

どうも。ラビことはーくです。

ツイッターで僕のことをフォローされてる方はそろそろ「こいつ名前どっちかに統一しろよめんどくせぇ・・・」と思われてる頃合いでしょうか?統一はいたしません。
青年期のモラトリアムが僕にそうさせるのです。曖昧な自分の演出、2人いるかのような仕草。僕は二重人格。

さてそんな話はゴミ箱にすてて。
これのひとつ前の記事、さきほど気付いたのですが、どうやら中途半端な形で投稿されてしまってたようです。もうしわけありません。
どうやら携帯から更新するには文字数にかぎりがあるようです。誠に遺憾でございます。私の魂をこめた記事が、文字数制限によって破綻させられるという状況・・・!誠に、遺憾でございます。
文字数制限なんてとっぱらっちまえ!

重度のtwitter利用者の言葉とはとても思えませんね。

半紙は変わりますが、いえ、話は変わりますが。

わたくし

妹式新聞


このサイトにて記事を寄稿させていただいております。よろしければ一度ご覧になってくださいまし。

それでは今日はこの辺で。