ラバール新メンバー、レシーバー「山田」です。
お客様のご要望、事務所内での要望すべてレシーブいたします。

「たのしかったー」そして「暑かった」💦
先日、清流マラソン(ハーフマラソン)に初参加しました。
普段はレクリエーションバレーボール(通称レクバレー)に勤しんでいますが、新しい挑戦をしてみたくなり、マラソンへ初参戦です!!

この日は真夏日となり、マラソン初心者にとっては、かなり過酷な状況。救急車の音もあちこちで聞こえてきました。
暑いし、きついし、思った以上に距離が進まない。
そんな時、沿道からたくさんの声援、差入れ、水のシャワーを頂き、足取りも軽くなり、無事、完走することができました。
主催者、ボランティアの方々、応援に駆けつけてくれた方、これなくても応援メッセージをくれる家族や友人などなど、本当に沢山の人に支えられ、楽しくマラソンができた事に感謝しかありません!!
完走できたことはもちろんですが、それにも増して、人の優しさに触れた事が、今回のマラソン大会参加の一番の喜びでした。

そういえば、
走るコツは腕を振ることだと教えてもらったことがあります。
バレーボールは脚を使ってボールを運ぶ。
それぞれ直接関係無さそうなところが実は一番大切。
では仕事は…。
頭ではなく、心でしょうか。

色んなコツを知るべく、まだまだ私のチャレンジ(try)は続いていきそうです!

こんにちわ

自社株式の承継支援を得意とする司法書士の「松井」です。

 

前回のブログに書きましたが、

4月14日(日)に長野県伊那市に

セミナーをしました。

 

セミナーを開催前に、2時間前に早く到着しました。

伊那のご当地グルメであるソースかつ丼を食べに行きました。

「田村食堂」というところでめちゃ繁盛していました。

10人ぐらい待ち。

 

実は、学生時代(25年前)に

伊那のソースかつ丼をはじめて食べ、

そのおいしさとボリュームにびっくり。

そっこうでファンになりました。

その後、何度が行くことに。

 

学生のころを思い出し、

つい、がついて食べました。

 

おなかも満足し、セミナー会場へ到着。

まさかの事態が・・・

 

会場主催者の方が、

「お昼食べてないでしょ?」

まさかの海鮮丼が・・・

(心の中で、嘘だよねと現実

 

せっかく用意してくれたので、

海鮮丼も食べることに・・・

 

まさかのセミナー前でおなかがパンパン!

おなかが膨れるのって、

こんなにつらいのですね。

 

暴飲暴食は、駄目ですね。

 

セミナー無事に完了しました。

お客様企業のベストスコア更新に寄り添う「経営キャディ」の猪子です。

 

「Hi Frend!」 彼からのチャットは、いつもこのフレーズからはじまります。

私には「ラマダン」(いわゆるイスラム教における「断食」)を実践する外国人のお客様がいらっしゃいます。

期間中、彼は太陽がのぼっている日中から日没まで何も口にしないのです。

 

今回はラマダンにまつわる私的体験を書いていきます。

 

その前に、自身の宗教観について言及しておくと、私は極めて一般的な日本人であると自負しています。

つまり、年明けには神社を詣出、盆にはナスやキュウリに割り箸を刺して寺で墓参り。さだまさしよろしく「苦しいときだけの神頼み」(『雨やどり』より)をしたこと数知れず、旅先で路傍のお地蔵様の頭を撫でたかと思えば、異国の地で観るラファエロに圧倒され感激するタイプだということです。

 

陽の没する大地、モロッコ王国。

遡ること約15年前の2009年9月、日出づる国からのバックパッカーである私は、カサブランカからフェズへ向かう列車に揺られていました。

その年のラマダンは、乾季と雨季のちょうど変わり目にあたり、それは一年で一番激しく一番美しい時期でした。

ラマダンゆえ、街のレストランや食堂は日中休業しており、旅行客もランチ難民となり図らずも空腹を余儀なくされます。

 

日暮れ頃にさしかかっており、大都市を結ぶ列車の中は大変混雑していたのですが、車内は妙にざわつき、乗客はにわかに外の方や時計を気にしだしている様子で、私は何か落ち着かなさを感じながら電車に揺られていました。

 

しばらくすると、突然「WAA!!」と歓声が上がり、皆一斉に窓の外を覗き込みます。そして、口々に神様の名前を呼びながら隣り合う乗客同士で握手やハグを始めるのです。

それは陽が沈んだことを意味していました。

 

日没はパーティの開始の合図でもあり、皆それぞれ鞄からジュースや水、またサンドイッチやパン、スナック菓子やチョコレートにクッキーを取り出します。

あぁ、そうか、皆この瞬間を待ちわびていたんだ。そんな思いで眺めていたように記憶しています。

 

と、ここで驚くべきことが起こりました。

乗客は各々が持っていた自分の飲み物や食べ物を、封を開けて少しつまんだあと、隣の人へそれを回しはじめたのです。

私達の関係性は、「さっきたまたま隣り合わせた」ということのみです。

乗客全員がそれを行うので、異邦人の私の手元にも20秒間隔くらいで、次から次へと飲み物と食べ物が届き、少しつまんで隣へ渡しました。車内はまさにパーティ状態で、笑顔と談笑が咲き乱れます。

 

15年の時を経て、ラマダンの目的は「与えるための準備」なのだと顧客の彼から聞きました。

 

私を含む典型的な日本人は、他の宗教や人種信条に対して、無難なポジションと謎のバランス感覚を保っているように思えます。

であるがゆえ、日本人的な無知や偏見や常識の類から逃れるのが難しいことに、可能な限り自覚的でありたいと思います。

 

人種や宗教や言語を超えて「Hi Frend!」と言えることがどれほどの奇跡なのか。

日本人として、「ご縁」に感謝します。

自社株式の承継支援を得意とする司法書士の「松井」です。

 

先日、一宮のアイプラザにてセミナーを開催しました。

 

参加者は60人ぐらい

 

僕は、はなきりん(一般社団法人くらし振興支援機構)という団体から

企画・集客・講演を学んでいる。

 

「軍隊式」と呼ばれ、かなりハード。逃げは許されない。

本当にきびしいのだ。

 

この団体から松井自身が学んで

セミナーで意識していること…

 

それは、

不変的な本質の話、やり方ではなく考え方

を伝えること

 

だって、受講者の考えや価値観が異なるから

 

それに、やり方は、インターネットで調べれば、

多くは解決できる。

 

でも、考え方をわかりやすく

説明するのは、とても、難しい。

 

毎回、みなさんの表情やアンケートを見て、

ブラッシュアップしていくのだ。

次回は、長野県伊那市で開催です。

お客様企業のベストスコア更新に寄り添う「経営キャディ」の猪子です。

何も考えずにドライバーを握りしめティーグラウンドに立つとき、OBは密かに口を開けて待っているのである。Inoko Daisuke   1985~

「Out of  Bounds」(アウトオブバウンズ):略称「OB」
それは敬虔なゴルファーであればあるほど希望や楽しさを奪われ、費やした時間と金とを無駄に帰させしめ、捧げた情熱の倍以上もの徒労感のみを惹起させる所業。しかるに、掲げたスコア目標など鼻で笑うべきものとの自棄的な認識を強制させながら、ゴルフ場からの帰路における全クラブ売却ならびに遊戯からの撤退をも脳裏によぎらせる恐ろしい規則である。

「良いスコアを出すためには、とにかくOBを避ける必要がある。」
こういった定説がゴルフにはあります。
この定説には大いに賛成でありますが、なぜOBを避けるべきなのかについて私なりに書いていきます。

''OB1回につき、上がったスコアに+2をすればいいのだ'’
多くのアマチュアゴルファーは、OBをそのように単純化して認識しているのではないでしょうか。
スコアの数え方に関していえばそれでも結構でしょう。
しかしながら、自己ベストのスコアを目標とする場合、その「内訳」を把握し、OBとスコアとの関連性を認識する必要があるというのが私の持論です。

まず、OBの「内訳」です。これは、3つの要素に分解できます。
①OBの原因となったショット(これはペナルティでなく「ただの1打」であり当然カウントされる打数)
②OBエリアにボールが入ったことによるペナルティ(「1打罰」)
③OBの原因となったショットを打った位置から再度打ち直し

すなわち、実はOBというのは「2打罰」ではなく、「1打罰」かつ「その地点からの打ち直し」の複合ということが認識できます。こうしてみると、上述の「OBは単純にスコアを+2する」とは全く違うことが見えてきます。
なお、いわゆる「池ポチャ」との違いは、「打ち直しの場所」(「その場」か「池に入った後方の飛球線上」か)になります。

次に、OBの3つの要素が持つ意味は、下記のとおりです。
①OBの原因となったショットを無かったことにはできない
=その失敗に対する改善をしなければ、同じことを繰り返す。
②ペナルティにより「実際には打っていない1打」を計上される
=「実際に打つ」という経験からのフィードバックを得られないため、経験値の増加に寄与しない。
③ゴールであるカップインに向けた前進が全くない
=目標達成に文字通り1ミリも寄与しない。

 加えて、たった数秒前に失敗したのと全く同じ地点からやり直しをするにも関わらず、再度の失敗は絶対に許されない。

さて、このようにOBを要素分解し、それらがスコアとの関係において持つ意味を認識すると、
「良いスコアを出すためには、とにかくOBを避ける必要がある。」という定説は嫌と言うほど胸に突き刺さってきます。

経営キャディとして、このOB論の考え方は、経営者がなすべき経営判断に大いに転用できるように思っています。