親愛なる君へ | ✧︎*。いよいよ快い佳い✧︎*。

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主人公から見ても、悪人から見ても、脇役から見ても全方位よい回文世界を目指すお話


以前、出版させていただいた本の中身のひとつ、「みにくいままのアヒルの子」のアンサー話、と言いましょうか……アヒルの子の兄姉たちのお話です。

読んだことのない方でも、このお話だけでも事情はわかるようになっているはず、です^^;


久しぶりに自分でも読み返しました。

あまりにも主人公のアヒルがかわいそうで、最後までなかなか読めなかった、というご感想もいただいたことがあります。


私は、終わりは必ずハッピーエンドにする、というこだわりがあって、この時も終わりに救いは入れましたが、数年経って、残された家族にも光をと思い、書いてみました。

本を御手にとってくださった方も、ご存知ではない方も、読んでいただけましたら本当に幸せです。


初出 2015.8.7
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「親愛なる君へ」




 僕はアヒル。


 名前はジョン。
 何の変哲もない、ただのアヒルの兄弟のうちの三番目。


 ジョナサン、ジョーイ、僕、ジョアンナ、それから、末っ子に、スノウ、という弟がいた。

 ”ジョージ”っていう、父さんの名前から一字もらったんだって。

 じゃあ、どうして一番下の弟だけがスノウなのか、って思うだろう?


 兄弟たちはみんな、黄色い身体をしていた。アヒルなのだから当然だ。
 だけどスノウだけは、どうしてか灰色の羽根を身にまとっていた。


 お前だけ父さんの名前をもらっていないからうちの子じゃない、なんて散々馬鹿にしてやりながら、その他大勢のなかの一羽、みたいな名前よりよっぽど良いじゃないか、むしろ特別なようで、羨ましいとみんな心のなかで思っていたに違いない。


 それにたくさんの黄色の中の一部より、たくさんの黄色のなかの灰色のが目立つ。
 それを、言葉にしてやらなかった。ただの一度も。
 その違いを、良いものだと教えてやらなかったのだ。
 
 スノウが明らかに僕らと違う容貌をしていることで、アヒルの子ではないことはすぐに周囲に知れ渡った。


 しかも、誰も見たことのない灰色。


 これがもしも、大きな空のように真っ青なスカイブルーだったなら、深い森の木々のように温かいモスグリーンだったなら、反応は違ったのだろうか。


 せめて、僕たちだけはスノウを受け入れていたら、お前は家族なんだと言ってやれていたら、違ったのか。


 水浴びのときは、恥ずかしいからついてくるなと突っぱね、毛づくろいのときは汚い、みすぼらしいと嘲笑った。


 母さんがいないところで否定するのだから、卑怯としか表現できない。
 だけど、正しいのは自分たちで、そうでないお前の存在が悪いのだ、と言わんばかりの正義だった。


 お兄ちゃん、と消え入りそうな声で呼ぶ。もう、泣きもしないスノウの顔を見ることが出来ない。
 
 スノウが罵られている姿を目に映すたびに、心臓が潰れてしまうのではないかという痛みが走った。
 どうしてだろうか。
 
 言ってやれば良かった。


 僕は、知っていたんだよ。お前が、白鳥の子なんだって。

 何も、醜くなんてないって。

 アヒルよりもずっとずっと大きな、美しい鳥になるんだって。


    季節外れの雪が、春の空から舞うように降ってきて、積もっていくその光景を見ながら、まるで雪みたいだね、って言った僕の言葉に、母さんがスノウと名付けた。


 それは誰にも内緒だったけれど、そうだったんだよ。





 ある日、スノウが散歩の帰り道でいなくなった。
 いなくなった、と言うのが正しいのか。
 いつも通り”見捨てて置いて行った”のだから。
 だけど、スノウはいつも何とか帰りついていたから、大丈夫だってみんな頭のどこかで思いこんでいたのだろう。
 母さんは心配していたけれど、兄弟たちは知らん顔だった。
 ひとりで遊んでいるんだろう、とか、勝手なことばかりするから困る、とか、文句ばかり。
 探しに行くと誰も言わない。
 母さんだけが待ちきれなくて外に出て行った。
 そんな中、スノウがやっと戻ってきた。口に、見たこともないような大きな魚をくわえて。

 はっと思いだした。今日は、母さんの誕生日なんだということ。
 それは兄妹たちも同じだったようで、頭に血を上らせ、顔を真っ赤にしてスノウを怒った。
 母さんが帰ってこないのは、お前が余計な事をしているからだと詰め寄った。
 何かあったらどうしてくれるのだ、お前なんかのために母さんがケガでもしたらと。

 見開いたスノウの目から涙がぽろりと零れ落ち、同時に魚も下に落とされた。

 
 大好きな母さんの誕生日を忘れていたこと。
 スノウだけがそれを覚えいていたこと。
 
 みんな、それが悔しかっただけだった。
 

 日頃疎まれてばかりいたスノウが、一緒にプレゼントを用意しよう、なんて言えないに決まっている。

 びしょびしょに濡れたままの羽根、川のなかの石でぶつけたのだろう傷だらけの、曲ったクチバシ。

 一生懸命頑張ったことを物語っていた。

 だけど、素直に褒めてやることは誰も出来なくて。

 
 醜いのは、どっちなのだろう。

   汚いのは誰なのだろう。


 出て行け、と押しやられ「ごめんなさい」とだけ呟いたスノウが家を飛び出して、後に残った魚だけが行き場もなくそこにあり続けた。


 



 母さんを探しに行く、と言って外に出ると、とっぷりと日が暮れて辺りは真っ暗だった。
 こんななかを、スノウは。
 急激に不安と怖さが押し寄せてきて、たまらずに歩きだし、気づくと走っていた。
 途中、狼に襲われそうになり、もう駄目だ、食べられて死ぬのだ、と恐怖に動けずにいると、どこからともなく石が飛んできて助かった。
 母さんだった。母さんが追い払ってくれたのだ。

 命が助かったからか、それとも母さんに会えてほっとしたのか。
 涙が次から次へと溢れて止まらなかった。
 開口一番、母さんスノウが、とだけ絞り出すと、益々涙がとめどなく流れ出した。
 ごめんなさい、と謝った。
 もう、謝ったって遅いのに、謝る相手はいなくなってしまったのに、ごめんなさいと泣きながら謝った。
 もしかしたら、スノウもこんな風に獣に襲われているかもしれない。
 あの甘えん坊のことだから、心細さに夜道で震えているかもしれない。
 どうなるかをもっと想像すれば良かったのに、全ては後の祭りだ。


 母さんは、事情を聞いても何一つ責めなかった。
 お前たちのことが大好きよ、と母さんは頭を撫でて身体を抱きしめた。

 
 自分の家族を探しに行けばいい、ここにいるのが間違いだなんて、ナイフのように鋭い言葉をスノウに投げつけたんだ。

 お前なんて要らない、って言った。

 そんなことを言うお前が要らないって、母さんに思われてもおかしくないんだ。


 嵐のようにぐちゃぐちゃになった心が、母さんのふわふわの羽根の暖かさに耐えられず叫んだ。
 たかぶる感情を抑えられなくて、このまま狼に食べられちゃえば良かった、って呟くと、母さんが頬を叩いた。



「お前もスノウも、母さんの大事な子どもなの!」



 鬼のように怖い顔をして、母さんは泣いていた。
 責められないことがこんなに辛いなんて。
 辛いという資格すらないのに、息が出来ないぐらい苦しくて。
 母さんの涙に、愛に、自分の黒さが際立つ気がして、いっそ食べられてしまいたかったなんて言った愚かな自分を。
 スノウは、どう思うだろうか。
 
 弱いのは、情けないのは、スノウじゃない。

 やっと認められたときは、もう遅かった。

 
 ごめんなさい、と謝っていたスノウに、謝る理由など何もないのに謝っていたスノウに、どれほどごめんなさいと伝えても許されないことをしてしまったのだ。


 



 スノウが卵から孵ったとき、僕はその瞬間に立ち会っていた。
 他の兄弟たちは父さんに連れられて外に出ていて、僕はたまたまそこにいて。
 その時、母さんが温めていたのは二つの卵だった。
 唯一の娘であるジョアンナと、そしてスノウ。

 僕らは兄弟といっても、数日しか違わない。
 あとから聞いた話によると、同時に孵らなかったこの二つの卵は、もう駄目なのじゃないかと言われていたらしい。
 だけど、諦めないと頑なに首を振って、母さんは卵を護り続けていた。
 だから、パキ、という音が卵からしたとき、母さんは涙を流して喜んだ。
 
 ジョアンナが先に顔を出し、そして、最後にスノウが鳴き声を上げた。

 僕は、卵の殻を頭にくっつけたままのスノウを見て、母さんと同時に言ったんだ。

 あれ、みんなと違うけどなんで? だとか、アヒルじゃない? だとか、いろいろびっくりして思うことはあったのだけれど………


「―――」






 ――かわいいーー


 小さな赤い身体に、黒い水玉のテントウムシが言った。


「伝言は、これで終わりだ」


 ブン、とかすかな羽音を立てて、水辺の葉先からクチバシに移動して止まる。


「ありがとう、ございます……」


「いやいや。伝えられて良かった。というより、会えて良かったよ」


 ほらほら泣きやんで、と笑うテントウムシのおじさんの目からも、きらりと雫がつたった。



「この伝言は、誰からですか……?」
「ジョナサン、というアヒルからだよ」



 ジョナサン、と繰り返した。それは、アヒルの兄姉たちのなかの一番上の兄の名だ。



「おじさんで、最後なのだと思います」
「最後?」



 これで、四度目だった。遠く離れた故郷から伝う想いを届けてもらったのは。
 
 最初は、カエルのおばさん。ジョンがスノウと名づけてくれたのだと教えてもらい、本当に嬉しかった。何より、白鳥の子であったことに気づいていたなんてとても驚いた。


 次は、モグラのお兄さん。魚を持って家に帰ったとき、誰より怒っていたあのジョーイが、こんなにも長い間悔やんでいたことを教えてくれた。当たり散らしてしまった、と苦しんでいることを知り、たまらない気持ちになった。


 その次は、モモンガの子ども。ジョアンナが危険な目に遭いながらも必死で追いかけてくれたことを教えてくれた。ジョアンナにもしものことがあったらと思うと、話を聞きながら身体が震えた。
 
 そして、このテントウムシのおじさんがやって来て教えてくれた。生まれた時の話を。誰にも誕生を喜ばれていなかったはずのスノウを、ジョナサンは可愛いと思ってくれたのだと……




 みんな最初に必ずこう尋ねた。



「君がスノウかい? アヒルの家族の、白鳥の子」


 もう、姿は白鳥だったからとても驚いて、一体何事だろうと思った。
 
 すると、こういうことらしい。


 もしも、どこかでクチバシが左に曲った白鳥がいたら、伝えてくれないかと頼まれた。
 もう、きっと会ってはもらえないから。
 許してはもらえないから。


 それでもせめて、どうしてもと言う願いに、話の内容に心打たれ、みんな役目を引き受けてくれたのだと。

 
 それは、ジョンからの、ジョーイからの、ジョアンナからの、そして今、ジョナサンからの……



 ーーたくさんの、”ごめん”。



 白鳥の仲間に加えてもらい、湖を初めて飛び立とうとしたその時、必死で探しに来てくれた母さんから、お兄ちゃんたちがごめんねと謝っていたこと、そしてきちんとプレゼントの魚を母さんに渡してくれたことを知り、少しだけ救われた思いだった。


 それでも、あんな風に別れてしまったスノウには、心に刺さったままの痛みはどうしても抜くことが出来なかった。



「『お前が帰る家はここだから』」
「『元気でいるんだよ』」
「『いつか、もし会えたら自分の口で言うから』」





――誕生日おめでとう、スノウ--




 広い世界で、頼んだ伝言が届くかどうか保証もない。
 スノウを見つけられるかどうかもわからない。
 そんな一縷の希望は、たくさんの優しさが奇跡のようなリレーで繋がり、言えなかった分だけ、代わりに伝えて欲しいと願った兄姉たちからのプレゼントが届けられた。


 どんなに離れていても、スノウ、お前が幸せであることを祈り、

 生まれてきたことを、生きていることを、心から祝福するよと――――。




「ありがとう……」
 



 きっと会いに行こう

 ううん、帰るんだ

 小さかった時よりももっとずっと姿は違ってしまったけれど、わかってくれるよね



 家族が待つ家に、アヒルの母さんに育ててもらった、スノウとして、



 ただいま、って帰るから


 

 一緒に水浴びに行こうね


 一緒にご飯食べようね


 一緒に毛づくろいしようね


  お母さんのために、あの時よりもずっと大きな魚を一緒にとろうね





 お兄ちゃん、お姉ちゃん