親と暮らしたのは12年間、、、 | 《徳島》✳︎美構造メソッドと足もみ・腸セラピー・ホリスティカルハーブテントのStudio Awake

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なんか、急に喋りたくなった私のこと。
お暇な人だけ読んでね。


阿波徳島、いろんな伝説の残る剣山のふもと、祖谷に生まれる。


詳しくはこちら
ぜひ、見てね。

体温が高い子どもだったため、予防接種をせずに過ごす。37度の微熱あり!と言う理由で免れたから。

こんな山の中、そして、交通の便も悪いため、中学校は公立なのに全寮制。
と言うわけで、親と暮らしたのは、12歳まで。
洗濯も、下級生の頃は手洗いでした。

そして、こんな山の中のため、全日制の高校は無く、山を降りる!
そこでは、下宿暮らし。五人ほどでの共同生活。
と言う、もしかしたらレアな思春期を過ごしていたかもしれません。
山の子は、みんなそうでしたが。

大学を卒業後、24歳で結婚。
夫は高校の同級生。
そこから数えると、30年の付き合いになります、はい😓

27歳と30歳で男児出産。
その彼らも、来春、大学と高校を卒業します。

当時から、趣味は『手当て』。
自然療法が好きだったので、二人の息子達は、薬を飲んだことがありません。
予防接種も、していません。
母乳育児と、可視光線治療器と、イトウテルミー、ホメオパシーを主体に乗り切りました。
この育児を導いてくださったのは、おばが貸してくれた一冊の本。
真弓定夫先生の本でした。
この本と出会った22年前。
そこが一つのターニングポイントでした。


そんな私が、今、手当てを仕事にしていることは、生活の延長に過ぎません。
そして、ある意味、夢を叶えたのだなぁと思います。

真弓先生に、感謝。